【DRRR】本心【臨帝】
「僕の声が聞こえますか、臨也さん」
ゆっくりと、その背中に手を伸ばした。
夢の中の存在だから触れられると思っていなかったその背中には、簡単に手がついて、その温もりも感じられる。
ああ、こんなことなら僕は、あの小さな子供だった臨也さんを抱きしめておけば良かった。
人の愛情と言うものがどんなものだったのかを、少しでもわからせるために。
…今でも、間に合うだろうか?
立ち上がれば僕よりも10cmは背が高いはずの男の人を、覆いかぶさるようにして抱きしめた。
僕の体格では覆いきれないけれど、この人の背中には、僕の温もりは伝わっているはずだ。
「臨也さん。あんなに人間観察してて、まだわからないんですか?」
肩が震えていた。子供の頃と同じように、彼はまだ心の奥で丸まって泣いていたのだ。
いっそう抱きしめる力を強くして、髪に顔をうずめながら言葉を続ける。
「人の嫌がることをして興味をひいたって嫌われるだけですし、人間という大きな括りで愛されたって、それは相手には馬鹿にされているとしか伝わりません」
言葉は彼に届いているだろうか。
これが自分の夢の中であって、現実には届いていないはずなのに、僕はつい願ってしまう。
「相手の考えていることを言い当ててみたって、それは本心を理解したことにはなりませんし、何よりきっと誰もが酷く気味悪がったり、怪訝に思ったりするでしょう」
ちゃんと言っている内容を理解して自分の間違いに気付くだろうか?
僕の声は彼の考え方に何か影響を与えるだろうか?
彼はこの言葉を更にひん曲げて、悪い方向に考えないだろうか?
「折角いろんな人を見てきたんだから、相手の考え方ではなく、素直な感じ方や思いをもっと考えてみて欲しいと僕は思います。そうして、相手が本当に喜ぶことが何か、感じ取ってみたらどうでしょう」
何だか、小学校の先生みたいになってきた。そう思うと、くすくすと笑いが零れる。
僕が頭上で揺れるのがくすぐったいのか、彼の肩の震えは泣いているそれではなく、笑っているそれに変わった気がした。
「あなたが誰かに心の底から感謝されたり、好意を持たれたりするのは、そうやってあなたが一個人として誰かを思いやり、大事にした時だと思います」
背中ばかりをみていたのでは、真実というものは伝わらない。
僕は彼の前に回りこんでもう1度ぎゅっと抱きしめてみた。
もう震えてはいなかった。
「でもそんなことは別にして、…僕はあなたをこんな風に育ててしまった環境を憎んで、悔んで、そして、…あなたを愛することにします」
そう言った途端、今までずっと下げられていた頭が勢いよく起こされた。
きっとずっと背部から抱きしめていたら、その頭に頭突きされていただろう。そうしたら、夢の中なのだから痛みはないのだろうか。もしかすると、痛みで目が覚めてしまうのかもしれない。
そうなったらきっと、見れなかった。
涙でぐしゃぐしゃになって、驚きに目を見開いた臨也さんの顔なんて。
「…愛、する?」
見たことも無い子供のような表情をした顔がそこにある。
子供のように無邪気で残酷に笑う顔ばかりを知っていて、こんな無防備なこの人は見たことが無い。それはリアルで、それでいてやはり夢の中だった。
小さな子供にするように頭を撫でて、出来るだけ優しい声で、無償の愛情の詰まった笑顔で。
「はい、僕はあなたを愛します」
呆然とするその顔をひとしきり眺めてから、大きく手を広げてまた抱きしめた。
僕の手は彼を包み込むには余りあるけれど、それでもこの心で、彼を包み込んであげられたなら。
この面倒くさくて、うざくて、どうしようもない捻じ曲がった性格で、愛情に飢えていて、いつも泣いていたこの心を包み込んであげられたなら。
「そうしたら、あなたも僕を愛してくれますか?」
彼の理念では、そうなる。
でも僕はその答えをここでは聞かない。
こんなにも抱きしめていたのに、今までこの一瞬まで全くしなかった彼の香水の匂いがすぐ近くでする。
ああ、来たんですね、あなたは。
作品名:【DRRR】本心【臨帝】 作家名:cou@ついった