嬉しいと悲しいの間に
一人になれるのは眠っている時ぐらいだというのに、その日も眠りについた後、子どもがぐずっていると遠慮なく叩き起こされた。無理に覚醒させられた重い頭で、昼間とは違い人気のない美しい廊下を、子どもの部屋へと向かっていつも走った。屋敷を走るなんて礼儀の欠片もない行為を許された使用人なんて、後にも先にも俺ぐらいじゃないだろうか。まだ言葉を話せない少年の部屋を軽くノックして、ルーク入るぞと声をかける。返事も待たずに部屋へ入ると、涙を浮かべた子どもがすぐに手を伸ばしてくる。その身体を両手で受け止めてやりながら、昨夜も、その前の夜だって叩き起こされて、いくら何でもこれはきつい。俺を寝かしてくれよ、ルーク坊ちゃんと思いながら、その子どもをあやした。
ベッドの上だけで過ごして、必ず昼寝をして、そんな生活が十歳の少年の体力を有り余せ、そのせいで夜中にぐずるのではないか。無理にでも外に出して、歩くのを覚えさせた方がいい気がした。誘拐前は確かに歩いていたんだから、身体は覚えてるんじゃないだろうか。 ……親の顔さえ覚えてないのに? 頭の隅をそんな疑問がかすめても、俺の安眠のためにも、どう練習させればいいかペールか誰かに聞いてみよう。しがみついてくる子どもの背中を撫で続けながら、欠伸を噛み殺しながら、そう思った。
作品名:嬉しいと悲しいの間に 作家名:鼻水太郎