嬉しいと悲しいの間に
誘拐されて一年経った頃には、ルークは元のルークとは似ても似つかない子どもに育った。似てないという表現は本人だからおかしな話だ。言葉が足りないわりには口が悪くて、限りなく我がままなで、街にいるどんな子どもよりも性質の悪い子どもは、以前のルークとは全く違った。常識範囲でも知らないことがまだ圧倒的に多い子どもは、周りにいる人間でガイが一番自分に近いということは理解しているらしかった。ただ単に同じ性別で年が近いという外見的なことだけじゃなく。
その日、俺はなぜかラムダスの私室に呼び出された。眉間に皺を寄せた公爵家執事が告げてきたのは、成人するまでルークを屋敷の外に出さないようというキムラスカ国王からの勅命だった。屋敷内の使用人、警護の白光騎士団にも近々公爵自らによって通達されるという。それより先に俺に話がきたのは、いったい誰の判断なんだろうか。 ……元々、戻ってきた直後から、そういう話だったのかもしれない。公爵家子息。第三王位継承者であり、王女の婚約者。そして極めつけのあの誘拐だ。この国においてルークがどれだけ重要な存在かは理解できる。成人の儀まで、この屋敷に幽閉するのかと思い、口に出してないとはいえ、幽閉という言葉の不穏さに自分でも驚いた。困惑を隠せなかった俺に何も言わず、ラムダスは話題をがらりと変えてきた。
「ルークぼっちゃまのフォニック言語の理解はどうなってる」
「……喋る方がまず先だと思います。読み書きまではまだ」
「記憶が戻りそうな御様子は?」
「見られません」
俺の発言にラムダスは溜め息をついた。その溜め息の種類に、読み書きに関しては、貴方が教えればいいと思った。それがわかったはずもないが、一瞬の不満さをすぐに正してラムダスは続けた。
「記憶が戻らないままなら、このままお前がぼっちゃまを引き続き見るようにとのことだ」
「……はい」
そう言った後、今度はわかりやすく苦いものを隠さないラムダスの表情に、笑いを噛み殺す。今ではルークもちゃんと両親に近い使用人や、護衛の騎士まで判別がつく。大人の姿に怯えることもない。それなのに引き続き、……俺か。ラムダスが納得いかないのもよくわかる。一礼して去ろうとするより先に、扉がノックされラムダスが返事をする。開いた扉の向こうから現れたメイドの姿で、何があったか、誰に用か聞かなくてもわかる。
作品名:嬉しいと悲しいの間に 作家名:鼻水太郎