嬉しいと悲しいの間に
「ガイ、どこ行ってたんだよ!」
ルーク様がお呼びよというメイドの一言で、ラムダスの私室を辞して向かった部屋の扉を開けた瞬間、舌っ足らずな機嫌の悪い声が飛んでくる。
「悪い」
十一歳と十五歳。この一年で夜に眠れないほど膝が痛かったおかげで、身長はぐいぐい伸びてしまった。今や胸より下にあるルークの頭を撫でてやる。帰っきてしばらくは、十歳の子どもが食べる食事内容じゃなかったせいかルークは成長が遅い。なんせ物の食べ方も知らなかった。まだむくれている顔に、撫でていた髪の毛をかき回してやると、腕を払われた。
「そう怒るなって」
「怒ってない!」
かき回された髪の毛を乱暴に抑えつけながら、ルークは珍しくあっさりと機嫌が直ったのか「ガイ。外、外行こうぜ」と言ってきた。
ルークの部屋を出てすぐの広い中庭。俺を連れて走り回って、目に入るものをあれは何かと、耳にしたものをこれは何だと聞いてくる。それにできるだけ丁寧にひとつひとつ答えてやりながら思う。今のルークにとってここは広い。それでもすぐに狭くなる。王宮の次ぐらいにこの国で広く美しい屋敷でも、ペールがどれだけ手を尽くしても、作り物で終わりのある世界でしかない。季節の変化にも慣れる。劇的に変わりはしない世界へ飽きる日は必ずやってくる。それはいつのことだろう。半年か。それとも一年後か。成人の儀よりも早く、その日は絶対やってくるのに、ルークはここから出られない。 不憫だなと思った。
そう思った瞬間だ。一瞬で視界が曇ったような気がした。曇ったんじゃない。ずっと目隠しをされていたのが外されて、いきなりの明るさに眩しすぎて目が開けられない。そんな感じだった。余裕じゃないか、ガイラルディア。 ……不憫? 誰が? ルークが? 俺よりもか? この一年、どんな姿を見ても、怯えて泣いていても、ルークを哀れんだことはない。でも確かに今、俺は目の前を走る子どもを不憫だと思った。
作品名:嬉しいと悲しいの間に 作家名:鼻水太郎