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立石良則という男

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女の告白



立石家のお坊ちゃんをこの、瓜実のように白く垂れた乳房の間に抱きながら、私は女としての幸福の中にあった。
自分の子供のような年頃の、若く美しい坊ちゃんをしっかりと女として抱くことの喜びは、しかしこの坊ちゃんがこれから立派な殿方になるという喜びの前ではひどくちっぽけで、私はただただこの男の最初の女になれたという幸福さの中で、眉を寄せて目を閉じた坊ちゃんを何度も何度も強く乳房へと押し付けた。きっと坊ちゃんのお母様よりいくらも汚く下品な女の乳房へ、それでも愛しさを持って強く押し付けた。

――――――まるでわが子へするように。




坊ちゃんがこの家に引き取られる前から、私は立石家の女中として働いていた。

いや、坊ちゃんが想像するよりもずっと昔、私がまだ娘だった頃から働いている。この界隈の地主さまであり法則であった立石家に奉公するのはここらの娘の慣わしだった。しかし大抵の娘はある程度働き礼儀作法や裁縫や料理などの要領から多少の読み書きや計算を覚えると奉公を追え、立石家かそれでなければ実家の薦める男と見合いをして嫁いでいき、また別の娘が奉公に来るというまるで大昔の、まだ殿様がいた頃のような風習が根強く残る田舎の家であった。

そんな家で私は家も貧しい為に持参金の持たせられぬ嫁に貰い手もつく事もなくずるずると立石家での奉公が続き、そして同じように奉公に来ている丁稚上がりの小男といつの間にかねんごろになり、いつの間にか立石家の使用人たちが寝泊りする部屋の広い場所に二人で部屋をもらい、そこで住み込みで働くようになっていた。それも全て立石家のご当主であり、坊ちゃんのお父上の情けひとつの事であった。だから私のような下品な女が、ご恩ある坊ちゃんの最初の女などになって良い筈もなかった。
しかし、それはどうしようもない事のように思われた。




ささやかな復讐だったのかもしれない。




坊ちゃんと、そのお母様がやってくる事には立石家も上から下までひと騒動だった。
特にお嬢様方は、その各々そっくりの顔を歪ませて「汚らわしい」と吐き捨て、それに習うように丁稚から下男から女中までが顔をゆがめた。お妾さんは殿方の器量。それは皆も言わずとも分かっている。しかし、その前後がいけない。


――――ご長男が夭折されたからと、難癖つけて奥様を離縁された。


醜い奥様を追い出し、代わりに美しい妾とその妾腹の男児を家へと入れる。
まるでカッコウの托卵のような事だ、と。しかし、残酷のはお嬢さん方もそうではないだろうか。自分の母だけここよりも田舎の家へと追いやっておいて、ご自分はお姫さんのような服を着て、安全なところからお父上にべったりと付き纏いながら、それでいてそのお父上を非難する。お金持ちの考える事は私などにはよく分からない。しかし、ここで一番泣き出してしまいたいのは、むしろ私であったのかもしれない。



夭折した男児は、私の生んだ子だった。



旦那さまと奥様の間にはどうも女しか生まれない。
先祖か前世での因縁なのだろうか、因果なのだろうか、奥様がいくら孕んでも生まれるのは女ばかり。上に女が4人も続き、旦那様のいい加減跡取りを、と焦れていた。そんな中、また奥様が孕まれた。今度こそは男児であれば良いと誰もが話したが、しかし産婆が奥様の腹を触ってぽつりと「こりゃ女だろうね」と呟いた。その場にいたのは、奥様と私と産婆だけであった。奥様はなにやら思いつめた顔をされていたが、産婆が帰ってから私の手を握りつぶさんばかりの勢いで握り締め、その髪を振り乱して詰め寄った。


「お前の子をあたしに頂戴」


その頃、ちょうど私も孕み女となっていて、その部屋に奥様と産婆と私だけがいたというのは奥様がついでにお前の腹も見てもらえという声をかけてくださったからであった。孕んだのは同じ頃であろう、腹の育ちも同じようであった。奥様がそのお世辞にも美しいとは言いがたい、疱瘡で崩れたあばただらけの顔に、まっくろな瞳をぎらぎらと濡らして詰め寄る。すると、奇妙にも私は忠誠心のような、使命のような、いや天命であるような心持になって自らの使命の尊さに目に涙まで浮かべて震える手で奥様の手を握り締めた。


「男児であれば、奥様に差し上げましょう」


奥様はそうして私を奥様のご実家に匿われ、自らもそこで出産した。やはり、女子だった。そしてたったの3日違いで私も子を生んだ。


―――――果たして生まれたのは男児であった。


男児である報酬は、立石家に立てられた私と夫の住む家であった。家を与えられ、お互いの子をそれと分からぬように取替え・・・けれどご実家は全てをご承知だっただろう・・・・奥様は男児の、私の初めての子を抱いて立石家へと戻られ、私も時期をずらして奉公へと戻った。自らの子ではないと分かっていても、本来ならばお嬢さま方のような綺麗なべべを着て、立派なものを食べさせられるというのに、ただの女中と下男の娘ではそうもいかない、その哀れさと恐ろしさに震える事はあっても、しかし赤子は可愛い。そのふくふくと柔らかな頬をつつきまわし、乳房を食ませながら私は幸福の中にいた。そして、数年が経ち、男児が夭折された。やはり先祖か家系の因果なのだろうと皆が噂をした。家を追い出される事になった奥様はじっとりと濡れた目で我が娘をねめつけて、誰の目もない夜にひっそりと出て行かれた。それもまた因果な事だったのだろう。



何も知らぬ旦那様も哀れなものだけれども、何も知らぬというのだからそれは罪である。



新しい奥様は、はっとするような美しいお方で、こんな田舎にいてはいけない、どこかのご令嬢のような、天上人のような中にまるで少女のような幼さがあり、それがまた見るものを守ってやりたくなるような、それでいて何か残酷な事をつきつけてやりたくなるような、そういうお方であった。そして妾腹の子、いや、認知され正式に立石家へと上がった坊ちゃんのなんて利発そうなこと。いくらお嬢さま方や使用人に意地悪をされても、ただその目をギラギラと光らせて弱みひとつ見せぬ強さと何か底知れぬ恐ろしさに、私はすっかり惹きつけられていた。



坊ちゃんが15になった、その年の夏、美しい奥様が亡くなられた。


そんな折、娘も病へとかかった。
夏風邪をこじらせ肺炎になったのだろうという事だったが薬がない。薬を買う銭もない。色んな場所へ頭を下げたが太平洋戦争も勃発した折で薬の値段などは高騰し、庶民の手には届かぬ。旦那さまにも頭を下げたけれども、旦那さまもむっつりと黙り込まれたっきりであった。そうしているうちに、娘も死んだ。奥様との秘密も、もうこの世にはどこにもなくなり、私は正直荷が軽くなったような気もしていた。

ご自分も母を亡くされたばかりだというのに、坊ちゃんはぽつりと「可哀想な事をしたな」と私に呟き、ぷいっとそっぽを向いて走っていかれた。



あの方は、やはり、どこか立石の家の子ではない。
こんな田舎の、血の濃い場所で埋もれている方ではない。きっとこの立石を飛び出して、大きなことをなさるだろう。わたしはその時直感した。
作品名:立石良則という男 作家名:山田