立石良則という男
「国に残してきた女の一人もいるだろう?」
「いえ!自分は、幼少の頃からお国のために尽くす―・・・」
「まあいい。・・・お前らくだらん話をしている暇があれば男を磨いておけ。プラム(梅毒)なんぞ貰ってきたら軍の恥だからな」
米田をバッターで軽く押して後ずさりさせ、その動揺したような顔に片頬で笑い、物足りなさなそうな参謀とどっと笑った下士官らに背を向けて俺は下士官室を出た。
陸に上がり家に帰った時、ふみは顔を輝かせて俺を出迎えたが、その後ろに客が立っていたことに気づいて慌てて頭を下げた。米田は俺とふみを見比べ、緊張したように耳を赤らめ、まるで艦長室にでも入るように体中を緊張させて――いや、事実艦長の私邸に入るのだから緊張も無理はないのだろう――ぎこちなく家に上がり込み、ふみと女中に酒と料理を用意させ、ふみに俺と米田の酌をさせながら他愛もない話をした。
酒が回るころには米田の緊張も溶けたようで、もともと愛想の良い口が話を続ける。
話もひと段落ついたところで、ふみは俺に米田を紹介して欲しそうに目をやる。俺はにやりと笑って米田の肩を叩いて、ふみに紹介してやった。
「ふみ、お前の夫になる男だ」
「まあ、米田の家は聞けば大層な農家だという。帝都もそろそろ米軍の攻撃が始まった。米田の実家のある田舎ならば空襲もなければ食う物にも困らないでしょう。米田の男ぶりも悪くないし、出世はできないがしぶとく生き残るような男です。米田もふみを気に入っていた。それで良いじゃありませんか。若い男と女なら、後はなるようになるでしょう」
そこまで白状した俺を突然立ち上がった堀田さんが殴り飛ばした。
派手な音を立てて食器を撒き散らして畳に倒れこんだ俺は、その場にペッと血の混じった唾を吐いて口をぬぐった。
頭の中で俺が着せてやらなかった白無垢を着た、美しい女になったふみが儚げに微笑んでいた。