もうひとつの日常
すっかり日焼けした4人・・・いや、息子をその背に負ぶった海江田と両津、山中の3人は、船を船着場へと返して駐車場まで歩いていた。山中は海江田の分までクーラーボックスを肩から下げて、ずっしりと重たくなった魚のさばき方を簡単に両津に説明してもらって頷いていた。
「それで頭は別にとっておいて、粗煮にしても良いしラーメンのスープを・・・・・・っと、なんだ、電話か」
楽しげに説明していたところに両津の携帯がなった。
「あ、中川か?おう、おう、ん?・・・大丈夫さ。その前にトンずらこいちまうから・・・ん、おう、そんじゃその方向で・・・ああ、後でな」
「呼び出しかね?」
「ああ、ちょっと戻んねぇとな。子供ももうすっかり寝ちまったし、今日はこれでお開きだな」
それは残念だ、と海江田は本当に残念そうに目を伏せたが、背中ですやすやと眠るすっかり磯臭くなった子供に仕方がないか、と頷く。海江田の首根っこに腕を絡ませて、少し肌を汗ばませ、力いっぱい遊んだ子供はすっかり眠りこんでしまっている。この分だとすぐに家へつれて帰って、シャワーを浴びさせて眠らせてやった方がよさそうだった。
「両津君、今日は本当にありがとう。お陰で息子とも良い思い出が作れた。それに息子の命を救ってくれて本当にありがとう」
頭を下げた海江田のとなりで、山中も頭を下げた。
海自の幹部ふたりに、ましてやそうでなくても良い大人二人に頭を下げられては両津もうろたえる。しかも、助けたといっても・・・・・・アレはなぁ、と数時間前のことを思い出して苦笑した。
飛び込んだのはよかった。
子供の名前を呼びながら辺りを見回すと、海面からひょっこりと顔が浮かび上がった。「両津さん!サッパが・・・サッパが逃げちゃった!」と泣き出しそうな顔をする。「いや、お前魚よりも・・・」と両津が慌ててそこまで泳いでいって子供の体を抱きかかえて船へと押し上げ、海江田も海に飛び込んで息子を船に上がれるように押し上げて、上から山中が引っ張ってやれば、そうだ、この子はきちんとライフジャケットを着ていたんだった。自分の慌てっぷりと、せっかく釣った魚を逃がしてしまって涙を浮かべる少年と、珍しく子供を叱りつけたずぶぬれの海江田と、その隣で慌ててタオルや着替えを用意せんとおろおろとする山中と・・・・・・今思い出しても苦笑する光景だ。
「子供には困らされてこそ、ってもんだからな。まあ、こっちにいる間にせいぜい甘やかせてやりな」
「そうだな。遊園地にでも連れていってやろうかな」
「ははは!そいつぁ良い、女の子なら土産もんやでがっつり財布を使わされるさ!まあ、二佐様ならがっぼりか」
「いやいや、家族3人暮らしていくのに丁度良いくらいさ」
「そうか!海自幹部もそんなもんか!がっはははは!」
「あはははは」
大声で笑い出した二人に、山中は肩を下げて溜息を漏らした。どうもこの二人、一筋縄ではいかないという部分で何か共通点があるらしい。はぁ、と溜息を漏らす山中に更に追い討ちをかけるように海江田が言葉を続ける。
「しかし派出所勤務よりは多少はもらえるかもしれないな。君なら自衛隊に来てもやっていけるだろう。ぜひうちの艦に乗ってもらいたいな。君ならよく働いてくれそうだ」
「かんちょー・・・・・・」
ほんとに来ますよ、こういうタイプは、と露骨に深い溜息を漏らす山中など放置で、両津はうーんと首を捻る。
「ま、警察官辞めたくなったらそのうちな!」
「ああ、いつでも歓迎だ」
それじゃあ、と手を振り合って、お互いにそれぞれ別の方向へと歩き始めた。
真っ赤な夕日を背負って両津がいつまでも大きく手を振り、海江田も笑ってそれに答えた。
「うむ、すっかり重たいな」
「代わりましょうか?私なら荷物を持っていても大丈夫です」
駐車場に向かって歩き出したころにはすっかり空は暗くなり始めていた。全身に磯臭いを纏わせて、海江田は首を振った。
「いや、いいんだ。このまま少し背負っていたい。・・・・・・いつの間にかこんなに大きくなっていたらしい」
嬉しそうに、しかし少し寂しげに微笑んだ海江田の横顔に、山中は眉を下げる。海江田の背中の上で、少年はすっかり日に焼けた肌に、海の潮で髪をぱさつかせて、遊び疲れた幸福な子供の寝顔でぐっすりと眠っている。そういえば、前に見せてもらった写真の中の子供は、もう少し小さかったかもしれない。
「子供は、いつの間にか一人歩きしだすものです」
「お前もいつかは一人歩きしだすのかね?」
立ち止まって目をぱちくりとさせて息を呑む山中に、海江田も立ち止まって微笑む。不敵ともいえるような笑みが、群青色の空を背負って何か神々しくも映り、山中は首を振った。
「いいえ、自分は、艦長のいない人生をすっかり忘れてしまいましたから」
馬鹿なやつだ、と海江田は口の中でちいさく呟きながら、忠義な部下に微笑み、その部下に背を向けてまた歩き出した。
「まあ、私も今更お前以外の副官はいらないな」
「か、艦長・・・」
じぃん、と胸を熱くして、歩き出すこともできずにその背中に向かって熱く込み上げる感情を噛み殺すように唇を結んだ山中には見えなかったが、海江田はふと悪戯好きの子供のような目をして、山中に聞こえるように呟いた。
「あ、でも速水くんが来てくれたらそれはそれでうまく回りそうだな」
今度こそ口をゆがめて「かんちょぉ」と捨てられる犬のように情けない声を上げた山中に、海江田は声を上げて笑った。
納涼大会当日
両津の企画した警察の納涼大会はネットや広告、人海戦術、両津のシマの商店街の店先に張られたポスターなどなどの宣伝が効果を発揮して大きな盛り上がりをみせていた。特に自衛隊からアイディアを盗んだ警察官の制服ファッションショーはマニアから若い女性にまで大うけをして、普段は陰鬱な雰囲気の駐車場には大きな笑い声や、にぎやかな音楽、太鼓の音が響いていた。
「うむ、両津はこういう事をさせると天才だな、アイツは」
満足気に呟いた大原部長は、ふとやけに若い女性客の集まっているコーナーがある事に気がついた。きゃあきゃあ!と声が飛び交い、警察犬でもいるのだろうか、とひょいとその間を覗き込んで絶句する。
売られているのは、制服を着た警官のブロマイドだった。
わなわなと絶句する大原部長の耳に飛び込んでくるのは「やっぱ夏服!!夏服よね!」「あーん、こういうカレンダーほしかったの!!」という大反響の声だったが、それでも「両津ッ!!!!」と叫ばずにはいられない。現役の警察官の、それも男前やらイケメンとよばれるような部類のちゃらちゃらとした男達の制服オンパレード。これは上が黙ってはいない!
そこへ現れた麗子に部長は鬼の形相で問い詰める
「両津ッ!!両津はどこだ!!!!????」
「り両ちゃんなら高給取りの幹部自衛官になるんだって、海上自衛隊へ走ってったけど・・・」
なんでも予算オーバーしちゃったらしいの、ブロマイドは両ちゃんの実費だから、売り上げは全部両ちゃんのものになるらしいんだけど、とつけたした麗子の言葉に、祭り会場中に部長の怒声が響き渡った。