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もうひとつの日常

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超神田寿司の新人山中栄治



都内某所の電気屋で、あっ、とお互いが顔を見合わせて立ち止まった。

山中の前で「あっ、この間のえーっと・・・」とつい先月顔を合わせて釣りにまで行ったというのにすっかり名前を忘れた様子の男に、山中は溜息を漏らした。「海自の山中だ」と教えてやると「そうそう、山中サン!こんな所で何してんだ?」と名前を忘れていたことなんてさっぱり忘れて肩でも組まん勢いでにかっと笑ったつながり眉毛の男に山中は再び重たい溜息を漏らした。



―――――最近、溜息癖がついてしまっていかん。
ここ三日、艦長こと海江田は広島にある潜水艦の教育訓練隊へ特別教官として赴任していた。たった二週間の不在予定。たった三日過ぎただけだが山中には一日千秋の思いで気が休まることがない。艦長の不在の間、艦を守らなくてはという任務と使命感に燃え上がるが、それ以上にひとつ気にかかることがあった。




来週は艦長の誕生日だ。

無視するだなんて、そんな事ができる筈もない。だがお互いに良い年の大人であるにはあるし、それも男同士だ。中年の男だ。相手が女性であれば何か流行りのジュエリーでも贈っておけば“ハズレ”がないが、しかし相手は男でそれも海江田四郎という一筋縄でいく筈もない人だ。何を贈っても「ありがとう」とにっこりと微笑んでくれそうなものだがしかしそれではよくない。艦長をお腹の底から喜ばせてやりたいのだ。何を贈ろうかと考えても考えても答えはでない。ワインも贈った事があるような気がするし、身につけるものは奥方が良い気分がしないだろうし、そういえばアレでなかなか最新の電化製品などに疎い所があるようだ。そうだ何か電化製品でも送ろうか、と電気屋までやってきてから文字通り「重たい愛」にげっそりとしたところだ。何か気軽に、負担でなくて、それでいて相手を喜ばせられるようなプレゼント。あまりの難題に溜息がつきやしない。スフィンクスの出した難題だってこれほど難しくはなかっただろう。


「なんか買いもんか?」
「いや、その、・・・知人の誕生日プレゼントを探していてな」
このデリカシーなどなさそうな、いや、しかし意外に面倒見の良い両津についそうもらしてしまう。部下に相談できる事でもないし、まあこのくらいの付き合いの浅い相手なら話してしまうのも楽かもしれないと思ったんだが、しかし両津はその太い眉を寄せて怪訝そうな顔をする。

「女相手だったらやめた方が良いんじゃねえか?」
「・・・・・・べ、別にそういう事では・・・」
「ま、相手を落としたかったら胃袋と金玉袋を握っとけっていうしな!」
がははは、と笑い出した両津に山中は頭痛を覚える。やっぱり話すんじゃなかった・・・。
しかしそんな山中の頭痛に気づくはずもない両津の脳内で物凄い速さでそろばんが動いた。チャカチャカチャカチーンッ!!!とマッハで計算された金銭ににやりと笑う。これは・・・運が向いてきたかもしれん。



「商品で喜ばせようなんて、その考えがあざとい!」


え、と顔を上げた山中に両津が分かったような顔でうんうんと頷きながら腕を組む。藁にも縋るような気持ちだった山中は両津のそのなにか確信めいた言葉に惹き付けられる。


「商品でなくてどうしろと・・・」
「手作りだ!」
「て、手作り・・・?」
まさか手編みのマフラーでもプレゼントしろというのだろうか、とげっそりとする山中に「チッチッチ」と舌を鳴らしながら両津はその太い指を降る。


「手料理だよ、手料理」


手料理、と繰り返すように呟きながら、それは・・・盲点だった、と山中は思い返す。だが手料理と言ったってどうしようか。手料理を作ってうちへ招く?弁当につめて高校生のカップルよろしく差し出す?・・・・・・手料理。商品でのプレゼントならばさりげなく差し出すことだって容易いだろうが、手料理となるとシチュエーションまでくっついてくる。食べてしまえばなくなってしまうのだから、電化製品よりもよっぽど気軽に、相手に負担なく渡せるかもしれないが、しかし艦長を満足させられるほどの料理の腕前という訳でもないし、そもそも手料理なんてもっとハードルが上がる。中年の、角刈りの部下からの手料理なんて・・・・・・うーん、と眉を寄せて腕までくみ出した山中に両津は内心で(食いついたな)とにやりと笑う。


「心配せんで良い。わしが、料理も敷地も提供してやるからよ」
「・・・両津さんが?」
「そう。寿司だ」
「寿司?」
そういえば、この男は浅草で寿司屋の板前をやっていた筈。それにあの釣りの日に披露された腕前は相当のもので、艦長も喜んで食べていた。その、寿司。


「手巻き寿司とかちらし寿司なら作った事くらいあるが・・・あんな本格的な寿司など握ったことないぞ?」
「いいんだいいんだ、この両津先生が教えてやるし、うちの店で食わせてやれば自然だろ?」
にかっと他意もなさそうに笑った両津に、山中は表情こそ変えなかったが心底感激していた。
怪しい的屋だのつながり眉毛だの、俺はこんな善良な民間人に一体何を考えていたんだろうか。わざわざ俺に教えてくれるというではないか。それに店を使わせてもらえたのならシチュエーションだって完璧だ。


「では、迷惑でなければ是非教えてほしい」
「おうおうまかせとけ!・・・・・・・あ、でも・・・・・」
「で、でも?」
でもぉ、と困ったように言葉を続けた両津に困ったのは山中だった。頭の中ではすでに艦長に寿司を食べてもらう図が出来上がっていたのにここでそれを壊されることは困る。何よりもうほかに良いアイディアなど浮かびもしなかったのだから。
「でも、ちと経費がかかるぞ。寿司といやあ新鮮な魚を捌くし、それにうちじゃ良い魚しか使わねぇし・・・」
「それなら構わない。もちろん出すから心配いらない」
ぐっと頷いた山中は、両津の(かかったな!)というほくそ笑みなど知るよしもなかった。









「最近、副長の手が気持ち悪いんですけど」

ぼそっと呟いた内海の言葉にその場にいた全員がぎょっとする。

――――アッ、それ言っちゃってよかったんだ!?
暗黙の了解で口に出してはいけないことかと思っていた船員たちは、内海の発言でここ数日の山中の言動を思い起こす。艦長の不在の今、この艦を守らなくてはいけないのは山中だ。いつにもまして厳しく、仕事は的確で、きちんと行われている。艦長が不在でも会議にも出席し、艦長が帰ってきたときのために資料をまとめ、業務を確認し・・・と緻密で正確な仕事をしている。それはいい。それはまあいいんだけど・・・言動が・・・・・・ちょっと・・・・・・。


艦長不在の最初の三日、山中の口からは隙あらば溜息が漏れた。
作品名:もうひとつの日常 作家名:山田