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Cb.Senza sordino

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持ち主のいないコントラバスの弱音器を外してルーズリーフの上に置いて練習室を出る。
人気の無い廊下だけれど、きっとこのどこかに栄口がいるんだろう。
丁度やってきたエレベーターに足を踏み入れながら考える。
俺の栄口へ向かう好意は、彼が寄せてくれるそれと同じものなんだろか。

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数少ない練習時間のわりにオケのメンバーの仲が良いのは練習後に開かれる飲み会のおかげだったけれど、そのせいで練習に甘さが生まれてしまうのも事実だった。
和気藹々、悪く言えば馴れ合いに近くなった空気が今日は驚くほどはりつめている。
指揮台に登って見下ろしたメンバーの表情は固く、そんなひっつめた顔じゃ良い演奏ができないよーとへらへら笑ってみた。
緊張の原因は俺の後ろに座っているだろう百枝教授の存在だ。この教授の厳しさや人脈の広さは有名で、この人に認めて貰えれば将来が切り開かれると学生たちの間で密かに囁かれている程で、皆きっと必死になっている。
普通なら緊張ものの俺が平気な顔をしていられるのは普段からこの教授には目をかけて貰っているからだ。
ソロのあるメンバーは頻りに楽器の調整をしていて、その中でも栄口は特に緊張しているようで弓を持った右手をお腹に添えていた。
結局、あの日以来阿部や花井のメンバーを交えた以外の会話はしていない。だからまだ、栄口には何も伝えられていなかった。
この演奏が終わったら伝えたいことがあるんだ。楽譜を凝視している栄口に心の中で話しかけてケースから指揮棒を取り出した。

いつまでも演奏を始めないわけにもいかないので指揮棒を手に用意してメンバーを見渡す。握った指揮棒がかつて無いほど重く感じるのは今まで一度も約一時間ほどの第一楽章から第四楽章までの通しをしたことがないからだ。
数十人の視線を笑顔で返して大きく息を吸った。
弦楽器のA音ハーモニクスで始まる第一楽章は重く、けれど穏やかにオーボエの動機を呼びチェロの主題を導いた。自然をうたう第一楽章。緊張していたメンバーたちは演奏にそれを滲ませることは決して無い。トランペットのファンファーレを受けて第一楽章は幕をおろした。
力強くと添えられた第二楽章はその通り力強く四分の三拍子を刻む。弦が刻むオクターブによる動機は主題を重ね第一楽章の濃厚さを吹き飛ばすようにはじけ、やがて威厳溢れる三楽章に近付いていく。
作品名:Cb.Senza sordino 作家名:東雲