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黄金の鳥かごの中で

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無力


眠るヘラクレスの頭を撫でた。


周りの気配に敏いこの餓鬼ならばこれだけで目を覚ますだろうかと思ったが、餓鬼は汗ですこし濡れたやわらかく細い髪をくしゃりといわせただけで、穏やかに眠り続けている。昼間、ハレムの片隅で守役から剣術の指南をされているのを見た。ハレムの女どもを監視し、逃がさねぇように鍛え上げられた屈強な黒い肌はしかし虚勢され、力強い男である事を求められながらしかし男としての矜持を奪われた哀れな奴隷である。ハレムに放し飼いにしている手の者に話を聞けば、最近この餓鬼は剣術の稽古をよくしているという。今も餓鬼だが今よりもう少し餓鬼だった頃は、むっつりと不機嫌に黙り込み、女の腕の温かさを求める事もなく、誰に懐くこともなく、ハレムの女たちの慰みに飼われている猫を相手に何か難しい事を頭の中でぐるぐると考え込んでいるようなものだった。
それでなければ、剣術の稽古。


―――――――征服国としちゃ良い傾向じゃねぇな。


誰にも懐かなかった頃も面倒ではあったが、今ほど面倒ではない。
こいつも見た目こそただの生意気で頭は良いが無知な餓鬼であっても、その実“国”として定められた生き方がある。人間が己の生まれた理由や、経緯や、意味などを理解することもできず、宗教というものによってそれらの理由を納得させているように、俺達“国”もまた、生まれてきた理由や、経緯や、意味などは分からない。自分のこの人格というものを形成しているものが何が理由なのか、はきと説明できるやつは海の向こうの“国”の奴らの中にもいないだろう。


しかし、この餓鬼が剣術を求めている。力をつけようと欲している。


その意志がこいつの個人的なものなのか、国として国民を反映させているのか分からないが、まるで関係がないわけでもあるまい。面倒だ。餓鬼が何も知らない無知であれば良いと思って、ハレムに閉じ込めた。しかしそんなものは所詮悪あがきでしかなく、餓鬼の身長は伸び始め、顔つきから振るまい方まで変わっていく。成長していく。


「無力であれば良い。それがお前の防御なんだ」


呟いた言葉は餓鬼の寝室の静寂たる夜の中に吸い込まれて消えていった。
無力であれば良い。そうすりゃこの帝国がお前を守り続けるだろう。この帝国はいまや破竹の勢いで領土を拡大させている。先代の色と欲に溺れハレムに入り浸った王から、今の戦をとことん愛する人間へと王は変わった。どうも俺ァその王と馬が合うらしい。国と王にも相性が必要だが、今の所はうまくやっている。国はどんどん大きくなり、西の生意気なスペインにも引けを取らねぇ、それどころかずっと偉大な国となりつつある。だから、お前はこのまま無知でいろ。無力でいろ。力なんて蓄えようとするもんじゃねぇ。力を蓄えた征服国は、いつか独立を、と自由に向かって腕を伸ばす。その腕が自由を掴めるとは限らない。より強く支配され、もはや国としての意志など存在を許されない程に解体される事だってある。むしろ自由に向かって伸ばした腕が掴むものが破滅である時の方がずっと多い。


無知でいろ。何も知らず、何も考えず、ただこの大国に依存してさえいれば良い。


餓鬼の頭から手を離せば、餓鬼がもぞもぞと動いて寝返りを返す。長い睫毛。うちの国のやつらとはちと毛並みの違う肌の色。癖のあるやわらかな髪。そして、目つき。


「・・・ビザンツ」


吐き出した声は忌々しく、腹の底にざらりと広がった不快感に俺は眉を寄せて、餓鬼の寝所を後にした。


















男が去るのを確認する余裕もなく、見開いた目は熱く震えた。
それが、怒りなのか、屈辱なのか、自分でも分からなかった。
ただそれまで自惚れた、慈愛めいた言葉を口にした男の行き着く先が、この、自分で滅ぼした母の面影であるのか、と思えば怒りが湧かない筈がない。唸り声を上げて上等のシルクを握り締める。殺してやる。いつかきっと殺してやる。母さんの仇をとってやると腹の底で何度唱えたって、現実はそうじゃない。あの男の支配した、貿易した国々からの品で成り立つこの生活。俺のものだ、と与えられたこの全ても物は俺のものではない。全て、あの男の物だ。そしてこの俺すらも、今はあの男の所有物なのだ。この身ひとつとったって俺の物なんかじゃない。結局はあいつの庇護がなくては“国”とて生きていけない。力が欲しい。無力なんかでいられない。力が欲しい。あの男を征服するだけの力が。





「サディク・・・死ね」
ぐっと握り締めた拳で熱く呪いの言葉を吐き出した。



作品名:黄金の鳥かごの中で 作家名:山田