共犯者
だが男がそれまでと違ったのは、相変わらず仮面をつけているといっても口元を覆っていた黒い布がない点だった。男の口元が存外若いかもしれぬ、とだけ思った。なんと答えたら良いものか思案しているうちに、男がゆったりと長椅子に腰掛け、ナルギルというらしいこの国の葉巻を咥えた。
「・・・・・・私は、あなたの“何”なんでしょう?奴隷ですか?ならば何をする奴隷ですか?」
「さぁて、難しい事を聞いてくるじゃねぇか。その前に名前を答えるように教われなかったか?」
「・・・・・・宇宙の中心である我が偉大な主、わたくしめは貴方の手足、極東より我が主の為に身を運んだ者」
「そんないかにも思ってもいねぇっつう顔をして言われたのは初めてだ」
こりゃ良い、と男はナルギルの長い管を指に挟んだまま笑った。
「ここは俺のハレムだ。だがまだどの女にも手をつけちゃいねぇ。それは今うちじゃハレムの女達が政治にまで干渉するようになってきたってんで、ハレムが負の巣窟とまで呼ばれるようになったのよ。しかし俺もスルタンとなったからにゃ寵姫を選ばねぇとなんねぇんだが、そういう訳で女は面倒だ。子供なんてできてしまえばその子供を嵩に自分で国の実権を握ろうとするし、女に取り入る宦官や臣下も現れる。下手すりゃスルタンである俺まで殺されかねない。そこで男を女と偽って、しかし寵愛しているように見せかけ、その男を寵愛している間にハレムの汚れを掃除しちまおうと思ったのさ」
スルタンと呼ばれるものがこの国の支配者であり、ハレムがこの国の後宮である事は教えられていた。
だが、この私の主という男がそんな存在だとはまるで教えられていなかったため、その男の開けっ広げな告白と企てに息を呑んだ。
「だがこの国の男じゃあちとガタイが良すぎる。餓鬼のうちは良いが、いくら虚勢しておこうが成人すりゃそりゃもう男だ。だがお前は違う。立派に飾り付ければ、各々薄いところまで見事に女に化けるだろうよ。そこで俺の寵姫としてアンタを買った」
「・・・・・・承知の通り、私は子が産める体ではありません。世継ぎ、はどうする気です?」
「それはもう決まってる。アンタが心配するようなもんじゃねぇ」
男が吐き出した言葉は私の出すぎた質問への忌々しさというよりも、何かもっと深い確執があるような苦々しさだった。
「そういうわけだ。アンタには一生の栄光と贅沢を約束する代わり、俺の寵姫の役をさせる」
奴隷の身で死ぬまでこき使われるより、ずっと良い身分だろう、とにやりと笑った男の口元には、私の拒否権がない事は明らかだった。拒絶すれば、男は一瞬の迷いもなくその腰にぶら下げた刀で私の首を跳ねるだろうことは一目瞭然であった。私は思案した。元はもう死んだも同然のこの身体。この男の芝居の仕舞いを見物するのも面白いものなのではないだろうか、と。
私は頷いた。
男が満足気に口角を持ち上げた。
「俺はサディク・アドナン。この帝国のスルタンだ」
「私は本田菊。極東の国、ジパングの人間です」
ジパングか、そいつァ興味深いと笑った男は私の右手をその大きく無骨な右手で握り締めた。
そして、これが私達が“共犯者”となった瞬間であった。