仰げば尊し
そんなんでいいのかよ、と言うと、それがいいんです、と笑った。そうして椅子から立ち上げると、丁寧にお辞儀をして生物室から出て行った。その後ろ姿が消えてしまうのを見届けたので、煙草を吸おうとしたものの、どうにも気分が乗らなくて火をつけないまま煙草をゴミ箱へと捨てた。
それから、一週間。期末テストの問題作りのためにパソコンへと向かう日々だ。煙草の灰をキーボードに落とさないようにしながら、器用に上下に揺らすことをいつの間にか覚えた。生物室に代々受け継がれてきたパソコンはかなり年季の入ったもので、ちょっとしたことで言うことを聞かなくなる、それも忙しいときに限ってそうなる確率の高くなる可愛いヤツなので、宥めすかしては叩き壊したくなる衝動を堪える。いつも通りの日々だ。榛名は切りの良い所まで出来上がった問題を保存し、休憩のためにコーヒーを入れる。立ち上がって視界に入るのは相変わらずの曇り空だ。春が近付いているようには見えない。コーヒーメーカーをセットし、新しい煙草を取り出そうとして空になったことに気付く。舌打ちをしてストックを取り出すべく引き出しを開けた。そうして、ぼうっとする。
引き出しを開けて一番最初に見えるものは、小さく包んだ向日葵の種だ。
プリントの裏紙を使ってある程度の数をまとめセロテープで止めた。どう見ても贈り物には見えないそれを眺める度、わら半紙はやめておけばよかったかなと思う。白い紙にすればよかった。清潔な、鮮烈な、あの色。制服のシャツの色。阿部によく、似合う色。包みに手を伸ばし、親指の付け根がチクリと痛んだ気がして触れずに止めた。触れられなかった手をじっと見つめて榛名は首を傾げる。
「……あれ?」
もしかして、今自分は、さみしいとかって思ってないか?