仰げば尊し
「……何がですか?」
「ま、色々?」
クスリ、と小さく笑って榛名はベンチから立ち上がった。そのまま大きく伸びをすると、グラウンドに背を向けて歩き出す。
「ちょっ……センセイ!練習見に来たんじゃねぇのかよ!」
阿部のなぜか慌てた声に、榛名は振り返る。阿部の後ろにある空がやけに眩しくて目を細める。細めたまま、逸らさないで、声を上げた。
「だって、誰もまだ来てねぇじゃん。オレ、ねみいんだよ」
大きく息を吸って、告げる。
「だから、放課後な」
息を飲んだ阿部が笑い出す。その後ろにある空がチカリと光ったのを見届けて、榛名は生物室へと足を向けた。背中を向けた阿部が、グラウンドに走っていったのは、きっと気のせいなんかじゃない。
自分がひどく穏やかに笑っているのも、きっと、諦めなんかじゃないはずだ。
榛名は歩きながらそっと顔を上げてみる。この真っ白い陽射しをいつか、鮮やかな気持ちで思い出すだろう。
目を瞑ると、青い空の残像が遠く光った。きっと、今日は一日よく晴れる。
野球日和だ。