二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」

透明の向こう側

INDEX|2ページ/8ページ|

次のページ前のページ
 



石畳を蹴る馬の蹄の音に意識を揺り動かされ水谷はそっと目をあけた。カラコロと装飾品を揺らしながら走る馬車は眠る前から同じリズムで街を駆け抜ける。
華美な装飾が施された上着のポケットから取り出した懐中時計の示す時間はまだこの馬車に乗り込んで数十分しか経っていないことを教え、誰もいない小さな空間には水谷の小さなため息だけが零れおちる。
視線の先に広がる車窓から覗く月だけが優しく照らす景色はまだ見なれた山脈を映し続けて否が応でも、捨てたはずの郷愁をそっと呼び起こした。かつて自分のものだった丘の上にある城から見るあの山脈は、それはそれは素晴らしいものだったと。閉じた瞼の裏側に浮かんだ景色と、今見える景色は違いすぎていた。
あちこちであがる灰色の煙は闇夜にたったひとつだけの月明かりでもよく輝いて見えた。太陽の支配する世界で見るあの煙はとても禍々しいものに見えたはずなのに、月の下で見るそれはまるで穏やかに眠る死者を連れて行く空への道のように見えた。
ガタン、と大きく揺れた車に咄嗟に革張りのソファに手をついた。
荷を多く積んだ車がこれだけ揺れるほどに、舗装されて美しかった石畳は大きく歪んでいるらしい。
それも全て、この国を治める王への反逆に立ち上がった市民たちが、否、市民が手を取り一大決心と共に立ち上がらなくてはならなくなった世情を作った王家が齎したものだとおもうとこころの中に静かな暗闇が浮かぶ。もう後戻りなどできないところまで来てしまったのがまぎれもなく己の叔父に原因があることに、心を痛めることしかできない自分が歯がゆい。
何も知らず、与えられるものを受け取って生きてきた。
子の無かった王の次代として王の弟である父の子供の水谷は数人いた王位継承権を持つ子の中でも王位継承権第一順位の王太子として育てられ、失うことなど知らなかった水谷が全てを失ったことを嘆いたのは彼自身ではなく、その母であった。何度も謝罪を重ねるその女性を宥めるはずの父はもういない。継承権第一順位の王太子でありながら他の王位継承権を持つ子供たちよりも早く王宮を出ることができたのは、知己に富む父の尽力のためだった。今ごろ共に育った子供たちは市民軍に捕らえられてるに違いなかった。
父の兄であるこの国の王の乱心を止め、積み重ね過ぎた罪を購わせるために彼は小さな身体を震わせて静かに涙を零す母を置いて、行ってしまった。
作品名:透明の向こう側 作家名:東雲