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透明の向こう側

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もう、大丈夫だよと笑う己の声は枯れていた。けれど、巣山を安心させるには十分だったらしく彼は滅多に見せることのない笑顔を浮かべて馬車から下りていった。
「こちらが、殿下の母君の遠縁にあたる栄口家になります」
上着を羽織り装飾品を身に付け、寝乱れた髪を手早く混ぜて馬車を降りた。この家の従者が馬車に乗せた荷物を運んでいくのを視界の隅にとらえながら、巣山の隣に降り立つと大きな扉の向こう側から正装に身を包んだ一人の男と同じ年の頃の男が数人の従者を引き連れて現れた。
「水谷文貴殿下でいらっしゃいますね」
穏やかな微笑みを湛えた男が通りの良いまろやかな声で名前を呼ぶ。しずしずと頭を下げられて、同じように頭を下げた。
「第一王子の…いいえ、元、水谷家王位第一継承者の文貴と申します。お世話になります」
国を捨ててきた王子にその姓を名乗る資格など無いと思った。水谷が頭を下げた姿に驚きを隠せなかった栄口家の面々は小さく肩を揺らしたけれど、誰よりも驚きを隠せなかったのは斜め後ろに控えた巣山だった。
その実、両親と叔父、少数の王室の人間にしか頭を下げることの無かった王太子が簡単に頭を垂れる姿に少しだけ胸を痛める。
「こちらは勇人。殿下と同じ年にございます」
互いに顔を合わせた少年が、慌てて頭を下げるから、同じように頭を下げた。
居候のように転がりこむ自分とこの家の嫡男であれば、例え水谷が王太子であったとしても彼に頭を下げるのが当然だと思っての行動だった。
「で、殿下…!」
巣山と、そして栄口家当主、更に勇人と名乗った少年の慌てた声に顔を上げると周囲の人間が神妙な表情で立っていた。
気を使わせてしまっている。こちらが厄介になる身であるのに。
それもこれも全て、栄口家の人間の華美さの少ない正装と水谷自身が身に纏う煌びやかな装飾の施された服装の差が目に見えて位の違いを体現しているように思えた。
だから、水谷はそっと上着に飾られたいくつもの装飾を力を込めて引き千切った。
布と、宝石の散らばる乾いた音が朝焼けに響く。
「殿下!」
突然の行動に動揺した巣山の声が呼んだように吹きぬけた一陣の風が去ったあと、静かに深呼吸をした水谷は優しく、けれどしっかりと言葉を紡いだ。
作品名:透明の向こう側 作家名:東雲