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Marionette Fantasia

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5.交差した世界



 午前中、一本の電話があった。ヒヨノにとって電話が鳴っているのを見るのは初めてで、もの珍しそうにカノンが電話に出る様子を横から眺めていた。カノンは電話に出た瞬間から笑みを浮かべ、その笑みが電話の間中消えることは全くなかった。
 ヒヨノは胸の奥に痛みを感じた。自分はアンドロイドなのだから、痛みなんて感じるはずは無いと自らに言い聞かせても、やはり胸の奥が痛むのであった。
 電話を切ったカノンはくるりとヒヨノの方へ向くと少し申し訳無さそうに言った。
「ヒヨノ。お昼過ぎにとある人がここへお茶を飲みに来ることになったんだけど、この間みたいに君がその人と会ってしまったら大変だ。だから、その時間はまた書斎に居て欲しいんだ。」
「ええ、全然構いませんよ。今日は事前にお客様がいらっしゃることが分かっているので、何か手伝うこととかあったら言ってくださいね。」
「有り難う、ヒヨノ。」
 カノンは本当にその客が来るのを楽しみにしているようで、ヒヨノは胸の痛みについて何も言えなかった。

 来訪者は時間通りにやってきた。ヒヨノは予め書斎に籠っており、玄関のチャイムの音は本を読んでいる時に耳にした。微かではあるけれども、カノンの声と客人と思われる人物の声が、時折ヒヨノの耳に入った。それはとても楽しそうな笑い声であった。
 ヒヨノはいつもなら時間が経つのも忘れてしまうくらい読書に熱中してしまう。しかし、今日は全く集中できなかった。どうしても客間の方が気になってしまうのだ。カノンに来客中は絶対に書斎から出てはいけないと言われていたのだが、そっと抜け出して外へ出た。カノンがあんなにも心待ちにしていた客人を、ヒヨノは一目見たかったのだ。
 ヒヨノはこっそりと見つからないように客間を覗いた。そして驚いた。その客人というのは自分と同じ顔をしていたのだ。
 カノンはとても優しい笑みを浮かべていた。その表情はヒヨノに向けられるものと似ていた。何が違うかといったら、いつもヒヨノに向けられるものには、少し悲しみが混ざっているかのようにも感じられるのだが、今はそんなことは全く感じられなかった。
 ヒヨノの胸はまた痛んだ。これ以上二人を見ていることは出来ず、再び書斎へと戻った。それでもまだ二人の笑いあう姿はしっかりと記憶されていて、まだ実際に見ているかのようだった。

 その夜、ヒヨノは真っ直ぐカノンと向き合うことができなかったのだが、それにカノンが気づくことは無かった。



作品名:Marionette Fantasia 作家名:桃瀬美明