Marionette Fantasia
6.望む声は胸を裂いた
あの日、ヒヨノと同じ顔をした客人とカノンを見た日から、ヒヨノはあまり笑うことが出来なくなった。笑う、という電気信号は確かに中枢から出されていてそれに体もちゃんと答えるのだが、どこか物悲しさが漂っていた。
ヒヨノは時々胸が痛むことをカノンに告げて検査もしてもらった。しかしどこにも異常は見られず、カノンも首をひねるばかりだった。
そんなある日、カノンが町へ出かけなくてはいけなくなった。カノンは勤めていた研究所を、ヒヨノを完成させて以来ずっと休んでいたのだが、その休みがあまりに続くため、一度顔を出すよう所長から連絡が入ったのだ。
「じゃあ…行ってくるね。」
「はい、気をつけて。」
「最近、何だか元気が無いみたいだし、ヒヨノを置いていくのはものすごく心配なんだけど…連れて行くことも出来ないし。もし誰かが来ても出なくていいからね。」
「ええ、分かってます。そんなに心配しなくても大丈夫ですよ。」
「うん…じゃあお土産に何か買ってくるから。」
そう言って、やっとカノンは町へと歩き出したのだが、見えなくなるまで何度でも振り返っては、ヒヨノに手を振った。そしてそれにヒヨノも心配をかけないようにと思いっきり手を振って答えた。
カノンが見えなくなり、家の中へヒヨノが戻ろうとした瞬間、声をかけられた。
「こんにちは。」
声の方へと振り向くと、そこには真剣な表情をした理緒が立っていた。
「どうしても、あなたと二人きりで話したいと思ったんです。」
ヒヨノは少し迷ったが、すでに自分のことを知られている彼女だったら、家の中へ招き入れてもカノンは怒らないだろうと判断し、客間へ理緒を通した。
「私、この間カノン君にあなたを作る経緯を全て聞いて、帰ってから色々と考えてみたんです。」
ヒヨノは理緒の言おうとしていることが全く分からないまま、話を聞いている。
「それでやっぱりおかしいんじゃないかって、このままじゃカノン君のためにならないんじゃないかって思ったんです。だってあなたはひよのさんのコピーでしかないのに。ひよのさんを真似て作っただけの人形なのに。」
「えっと…私が私のコピー、なのですか?」
「そうじゃなくて、あなたにはオリジナルの存在がいるの。ちゃんと生きたひよのさんという存在が。あなたはそのひよのさんに似せて作られた、コピーなのよ。」
ヒヨノサンニニセテツクラレタ、コピーナノヨ。その言葉を聞いた瞬間、ヒヨノのメインコンピュータに先日の客人の記憶が引き出された。そして分かってしまった。カノンの眼差しは自分を通してその人へと向けられていたことに。
それからは理緒の言葉は一切ヒヨノに届かなかった。ただ気づかされた事実の重みだけがずしりと感じられた。
理緒は、ヒヨノに言いたかったことを伝え終えるとすぐに屋敷を後にした。
ヒヨノは考えていた。どうすればカノンが自分を見てくれるか。自分だけを見て、笑いかけてくれるか。そして考え付いた結論は、カノンが自分を通して見ていたオリジナルの人物を消してしまうこと、だった。
ヒヨノの思考回路はすでにまともな物ではなくなってしまっていた。真実の重さに耐えきれなくなってしまったのであろう。だから、考え付いた結論がどんなに危険なものであるかには気づくはずもなく、ただ実行に移さなければと考えていた。
ヒヨノは物置部屋から短剣を探し出すと、そのまま一直線に町へと駆けていった。ヒヨノは一度も町へと行ったことはなかったけれど、町への地図を見たことがあったため、迷うことは無かった。
そして町へ入ってすぐのところで、ヒヨノはひよのを見つけた。そして、何も言わずに少しずつひよのに歩み寄る。
ひよのは自分と同じ顔であるヒヨノを見て、「え?」と小さく驚きの声をあげた。次の瞬間には、ヒヨノがひよのの腹部を短剣で刺していた。ひよのの口からはうめき声が漏れる。
「ひよのさんに、ヒヨノ…?」
何と言う偶然か、その場をカノンが通りかかった。カノンに自分の名前を呼ばれ、ヒヨノの思考回路はようやく正常に戻った。そして、自分がしたことの重大さが分かったヒヨノはその場から逃げた。カノンは目の前で何が起きていたのか最初は理解できなかったが、ひよのの腹部から流れ出る血を見ると何を今すべきかすぐに悟った。
「誰か!医者を呼んでくれ!」
作品名:Marionette Fantasia 作家名:桃瀬美明