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雨に似ている

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けれど二人の処刑は延期され、そのまま船で直径5キロしかない孤島に送り込まれ、そこに建つ石の塔にいる捕虜を管理するように命じられた。

島は三方断崖絶壁に囲まれており、唯一の逃げ場である入り江は、塔の地下からの通路からしか行くことはできない。
入り江も『ロゴス』の船が常時屯している状態だ。どれ程泳ぎに自信があろうと、島から勝手に抜け出すことは不可能だろう。

そしてこの石の塔には、誘拐され、身代金待ちの富豪達が閉じ込められていた。
彼ら二人に与えられた仕事は、これら富豪達を金が届くまで生かす事。

≪……必ず助けてやる……≫

父は、イザークの期待を裏切ったことなどない。
勿論ムウを信じていたが、この飼い殺しの生活は、もう半年になる。
どれ程大丈夫だと自分自身に言い聞かせても、未来に確証のないまま長引けば長引くほど、暗い結末ばかりを想像してしまう。

イザークもニコルも、もはや精神的に限界だった。


★☆★☆★



「お待たせ♪ ニコル、具合はどう?」


ドアが開き、軽やかな足取りでキラが入ってくる。
と同時にオレンジの良い香りが鼻を擽り、途端、ニコルは嬉しそうに手を鳴らした。


「ずばり鹿肉のパイ包みのオレンジソース添えですね。僕の大好物♪」
「うん、……イザークのお昼はそうなんだけど、ニコルはこれね♪」


彼女は手に持っていた木のお盆を、ニコルの膝にトンッと乗せた。
木のお椀にはミルクティーとそれに浸した細かく刻まれたパンだけしかない。


「こんな食事いやだぁ〜!!」
「こら、病人が駄々こねない!!」


イザークは優越感に浸りつつ、ポンッとニコルの頭を軽く小突いた。


「それじゃ、俺はゆっくりと頂いてくるとするか。キラ、昼飯はテーブルか?」
「そう」
「僕も食べたい!!」
「駄目ったら駄目!!」
「うわぁぁぁぁぁん!!」


(馬鹿者め。自業自得だ)


イザークはニコルの喚き声を高らかに笑いとばし、二人を残し、昼食を取りに室内を後にした。 


★☆★☆★






皿にナイフとフォークを揃えて置く。口元を作法通りにナプキンで拭い、食事を終えたイザークは大きく息を吐いた。

食材は、1週間に一度入り江から届けられる。それをキラが調理するのだが、彼女が作る物は、いつも失った故郷を思い起こさせるような家庭料理ばかりだった。

(……全く……ニコルめ。……本気で殴るぞ!!……)

結局、イザークが食事を終えてもキラは帰って来なかった。真向いに準備された彼女の食事は、気の毒にもすっかり冷えてしまっている。

ニコルが慰めを欲しくて彼女を手元に置きたがるのも解る。
誰だってこんな不安な毎日を送っていれば、気が狂いそうになるのは仕方がない。

書棚の隅に置いてあるチェスボードを見れば、キング二つにクイーンが一本、そしてルークが数本乗っている。
対戦できる相手がいなくなったため、今ではカレンダーの代わりに使われている。
こんな三人だけの生活も、今日で丁度三ヶ月になる。


(最初は……五十人以上いたのにな……)


二人がここに来てから既に半年。
捕虜は一人も補充されないまま次々と連れ出され、今ではキラ一人になってしまった。


(『ロゴス』は俺達をどうするつもりなのか?)


もう一度、仲間の一員として迎え入れてくれるならいい。
だがもし反逆者と決定されれば最後、毒薬の実験台か、後輩達が暗殺技術を習得するための、生きた標的にされるかのどちらかだろう。

≪……必ず助けてやる……≫

父は、イザークとの約束を違えた事はない。
自分達が殺されることは無いと信じているが、これほど長くなると………。
長く閉ざされた不気味で無意味な時間は、悪戯に不安感ばかり掻き立てる。


「お待たせイザーク。遅くなってごめん」

ぱたぱた戻ってくる、彼女が現れただけで、不思議と重苦しかった心が浮上する。

キラは椅子にもつかず、真っ直ぐにかまどに駆け寄ると、吊るしておいた鉄鍋から木匙で湯をすくい、木をくり貫いて作ったカップに注いだ。

レモンの酸味の利いた香りが擽る。
彼女は貴重な蜂蜜を惜しげも無くたっぷりと入れてかき混ぜ、レモネードをイザークに差し出した。


「はい。温まるよ」


『ニコルばかりをかまっているわけではないんだよ』と主張する代わりか、ちゅっと額に唇が押し当てられる。

六年前までは、毎日母から貰っていた優しいキスに、心もほこほこと暖かくなる。


そのまま彼女は、イザークの右肩の包帯も解き出した。
左手一本で無造作に巻いたため、結び目がゆるくて、いつ解けても仕方がないものだったが、何も言わないまま自然に。まるで自分がやるのは当たり前だというように、キラは家族のように、母のように、恩着せがましくも無く、媚びることも無く自分達を気遣ってくれる。


(……変わった女だ……)


思い返せば、彼女は初めからこうだった。




イザークがニコルがこの塔に来た当初、二人をただの子供と侮り、捕虜の男八人が結託して、数に任せて襲いかかってきたことがあった。


二人の鬱積としたストレスのはけ口となった彼らは不幸だったといえよう。

イザークは、その場で五人の片目をナイフでくり貫き、身悶える彼らを地下牢に蹴り戻した。そして三日間、様々な剣の切れ味を試して男達の体中を切り刻んで遊んだ。

ニコルも残り三人の足の腱を切り、逃げ出せなくしてからやはり新作の毒を試し続け、とうとう植物状態にまで追いこんでしまった。

『生かし続けること』は命令されていたが、五体満足でという命令はうけてはいない。

だが、人間は死んだ方がマシな場合もあるのだ。
それを目の当たりにし、身の危険を察知した捕虜達は、二人に対し不必要なまでに従順になった。


以来、まるでメイドや下男のように、先を争って二人の世話を買って出た。

やがて老いた男女達は『将来、私が自由になった暁には……』と、莫大な財産や娘を差し出す口約束を発しだし、財を持たない若い貴族の女の一人が『夜の慰めに』と、自分の身体を差し出してくると、それを真似た女達が次々と二人の寝室に侍るようになった。

だがキラだけは違った。

生かしておいた貴族や富豪らのように、二人だけに媚びたり、おべっかを使うことは全く無かった。ただ嬉々として、二人を他の捕虜達全員と同じように面倒を見たのだ。

捕虜と自分達とは一切の分け隔ては無かった。全く無かった。
彼女は化粧っ気も全く無いし、髪も短く色気も何にもない。

しかも普段着が擦り切れくたびれた服にエプロンなのだ。
だからイザークはてっきり、下働きの下女と間違えた程だ。それが列強国と肩を並べる富国のうちの一つ……オーブ首長国の現国王、ウズミ・ナラ・アスハの正統な第二王女と知った時は耳を疑った。

双子で生まれてしまったため、忌み子としてへその緒を切られた直後に王宮から出され、遠く離れた場所で、しかも人目を欺くために男として育てられてきたそうだが、仮にも年頃で、また堂々と王女と名乗れる身分に返り咲いたのなら、それなりに装って欲しいと思うのは間違いなのだろうか?

(……本当に、キラといると調子が狂う……)
作品名:雨に似ている 作家名:みかる