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雨に似ている

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ただ、心に思いつくまま言葉を発すれば、自分の心の中も段々と整理されていく。

「俺は後悔なんかしたことはない。ただの爵位無しの貴族でいるよりも、恐れられて生きる方が性に合う。けれど、……けれど……俺は…」

イザークは、キラの背中に腕を回し、ぎゅっと力一杯しがみついた。

「上層部の奴らは……俺達をどうする気なんだ? 俺達は命令以上に殺してしまった」


≪命令違反者には死≫
それが『ロゴス』の絶対の不文律だった。


十歳のあの頃よりも遥かに立場が悪い。
あの時は、海に出れさえすれば、父に会えると知っていた。彼に会えれば、自分達が助かると解っていた。

けれど今は、父の駆け引きしか縋るものはない。

『ロゴス』の標的になったら最後、いくら刺客を倒し続けていても、無尽蔵に送り込まれ続ける。そしていつかは殺される。それも見せしめを兼ね、惨たらしくだ。

あの組織の惨さと陰惨さを、イザークは肌で知っているし、何人も殺された同僚を見てきたし、自分も手にかけた事もあった。


「もう、さっさとけりをつけてくれ!! 俺達は処刑か? それともまだチャンスはあるのか?
俺は自分で選べない未来が怖い。怖いんだよ!!」

「……イザーク、落ち着いて、ね」

「俺はお前みたいに能天気じゃない!!」

「イザーク、八つ当たりは止めよう。君の矜持が傷つくだけだよ?」

「誰が八つ当たりしてる!!」

「君が僕に対してだよ。もう解っているでしょ? 僕は決して傷つかないから。君が僕を罵倒したって、結局君自身に跳ねかえってくるだけなんだよ。自分で自分を傷つけたって君が哀しいだけ。そうでしょ?」

「俺は……そんな……」

「いい、聞いてイザーク。確かに見えない未来は不安だよ。でもね、怖いと思うのは自分の心でしょ。ならイザークに聞くけれど、今の君に何を怖がるものがあるの? この塔にいるのはニコルと僕だけしかないんだよ。君の心を苦しめる『ロゴス』の人は一人もいない。君を殺せる人なんて誰一人いない。何も心配いらないじゃない?」

「貴様な!! そう簡単に言うけど、未来は……」

「そうだね、今君に与えられてる選択肢は二つだけよ。心を病んで自滅するか、心身を健やかに保ってチャンスを待つかでしょ? ほら、何も悩むことないじゃない」

イザークが、虚をつかれて見上げると、女はにこにこと笑っていた。
いつもと変わらない笑みを。

「キラ?」


彼女は本当に、イザークのぶつけた言葉に傷つきもせず、彼を安心させるような心からの笑みを浮かべていた。

「俺……俺は……」

彼は今はっきりと、自分自身が抱えていた理不尽な怒りを理解した。
キラの境遇に同情するふりをし、自分の不安をぶちまけていたのだと悟った。

自分自身が不安で押しつぶされそうになっている今、彼女に起こった出来事を餌にして、自分と同じように全く不安がらない彼女に対して憤り、同じ不安を、恐怖を抱かせようとして煽っていたのだ。

己がしていた醜い行為に、自分自身の矜持を、確かに傷つけていたことを悟った。

「………すまなかった………俺は、貴様に奴当たりしていた……」

情けなかった。
自分がたまらなくちっぽけで卑小に思えた。

虫けらになりたくないと願って強くなったつもりでいたのに、結局虫けらだと小馬鹿にしていたキラの精神に、強靭さが劣っていた。

それを認めたくなくて、腹ただしくて、彼女を同じレベルに落とそうとして、彼女の気分を害そうとたきつけていたなんて。

「俺は……、本当に情けない……」
「どうして? イザークは立派だよ」

ちゅっと、また優しいあやすようなキスが、頬に押し当てられる。
それが悔しくて、忌々しげに見上げる。

「貴様は、どうしてそんなに強いんだ?」
「ほぇ?」

どうして彼女が平気なのか。こんなに悟り切っているのかを知りたい。
今までただの大呆けとしか思わず、召使代わりに侮っていたが、急にキラが聖堂の聖母みたいに神々しく思えてきた。

じっと彼女を見上げ続けていると、ちょっと困った顔に変わってくる。

「う〜ん……僕ね、……強いかどうかは本当に解らないけど……、修道院を出て行くことが決まった日、親友と約束したんだ。絶対に幸せになるって。僕はどこにいっても何があっても幸せになるって。僕が幸せになればなるほど、僕のことが大好きな親友…アスっていうんだけれど、僕が幸せならアスも幸せになるからって。アスは、僕の幸せを本当に望んで修道院から送り出してくれたから、だから僕は絶対に幸せになるんだ」

 癖なのか、キラは胸元の鳥のペンダントを引っ張り出し、ぎゅっと握り締めている。

「だから僕は、水滴でいいんだ」
(はぁ?)

イザークはまたもや耳を疑った。けれどキラ自身は両手の拳を握り締め、凄く真面目な顔をしている。

「貴様、今どこから話を持ってきた?」
「え、何が?」

こっくり首を傾けるキラは、本当に何もわかってはいない。彼女は馬鹿ではないが、愚かだと勘違いされるのはきっと、こんな風に会話途中で話が吹っ飛んでいくせいだろうとイザークは思った。

「何故幸せになることが水滴に繋がるのだ? 俺に判るように説明しろ!!」

キラはしばし考えに耽り、気まずげに頭を掻く。

「うーんとね、なんて言っていいのやら……ねぇ、イザーク、絶対に僕の言う事笑わない?」
「さっさと言え」

もじもじする彼女を、一言でばっさりと切ると、彼女は諦めてため息を吐いた。

「あのね、僕ってば、霧雨ってとっても好きなの」
(はぁ?)

「ほら、今日みたいに建物の中にいると音も立たないからね、降ったことも上がったことも気がつかない雨が好きなの。そうだ。ちょっと見て!!」
「おい!!」

キラは戸惑うイザークの手を取ると、ぐいぐい引っ張って扉に向かった。

仕方なく、彼女に付き合って入り口の扉を開いて外を眺めると、丁度イザークの眼前で、錆色の雲の間から、一筋の光が差し込んでくる。

雨の雫を一杯含んだ草木の絨毯が、一斉にみずみずしく輝き始める。
小路のわきに生えていた赤い野薔薇も、黄色く鈴なりになっていた木苺も、光りの滝に打たれて輝き出す。

まるで命の煌きだ。

「綺麗でしょ? ただの水滴だけど、いつもとは違った風景に見えると思わない?」

キラの言葉に、声を無くしていたイザークは、素直に頷いた。いつも見慣れた筈の世界が、こんなに綺麗とは全く気がつかなかった。 

「ただの水滴みたいに無力な存在でもね、草木の糧にもなり、世界を美しく彩ることができる。未来に何が起こるかは、きっと神様しかご存知ないけれど、生きてる限りはきっと、僕は誰かの役に立てているの。だから僕、今とても幸せなの」
「キラ?」

彼女はにっこり自分に微笑んでくれていた。

「もし、レイ・ザ・バレル王弟殿下と結婚して嫁いでも、オーブとの関係が修復されない限り、僕はきっとどっかに幽閉か軟禁されていたよ。開戦になればきっと殺されているだろうし。

嫁ぎ先は僕をオーブの王女として扱ってくれるかもしれないけれど、僕自身のことはきっと、知ろうともしなかったと思う。けれど君たちは、僕を含めた捕虜を地下牢から出してくれた。
作品名:雨に似ている 作家名:みかる