雨に似ている
おかげで僕は、この島がとても美しいって知ったし、イザークやニコルが優しい子だって知った。君たち二人は僕の手料理を美味しそうに食べてくれる。ふふ、僕もう幸せすぎて、数え切れないぐらいだよ。
とにかく、君達が笑ってくれる度に『ああ、僕でも役にたててるんだぁ』って嬉しくなるよ。生きてて良かったって。幸せで幸せで胸が一杯だよ」
「……キラ……」
彼女は照れ照れして、ほんのりと頬を染めた。
「君達が大好きだよ。誘拐されてここに連れてこられなければ多分一生会えなかった。どんなに感謝してもし足りない……ありがとう……」
彼女の微笑みは、嘘偽りなくあまりにも幸福そうで、イザークは段々と目頭が熱くなってきた。
「キラ……お前やっぱり変だ……」
もう我慢できなかった。
熱くなった目頭を隠す為に左手で顔を押さえ、身を二つに折って爆笑した。
「ああもう…笑わないってお願いしたのにぃ……」
そう彼女の呟きが耳に届いたが、イザークは止められなかった。自分でも気が狂ったかと思うぐらい、執拗に笑いつづけた。
止めたら泣いてしまいそうで!!
(何故、こんな人間が、この世にいるんだ?)
(こいつ、絶対に、寝惚けて地上に落っこちてきた、ドジな天使に違いない!!)
「もう、いつまで笑ってるの?」
キラの手が、イザークの左手を引っつかむ。手が外されて見下ろせば、彼女は気持ち頬をふくらませて、恨めしそうに自分を見上げている。
イザークは弓形に唇を吊り上げ、身を屈め、彼女の唇にキスを落とした。
「!!」
びっくりして身を強張らせている彼女から、自分の左手を奪い返し、今度は彼がしっかりとキラの細い腰を掴んで抱き寄せる。
「い……イザーク!!」
「俺は、お前が好きだ」
「……え……ええええ!!……」
彼女の顔は見る見るうちに真っ赤に染まった。
そんな彼女の頬に再び唇を這わせ、また何度も何度も彼女の柔らかい唇を貪り続ける。
「あ……あのねぇ、イザーク……冗談は駄目!!」
嫌々と首を振る彼女の甘い唇を、執拗に追いかけた。
「お前を失いたくない。誰にも……、絶対に渡したくない……」
こんな女、きっともう二度とめぐり合えない。
「ちょ……ちょっと、イザーク!!」
「俺の女になれ!!」
「ちょっと……落ち着いて!! ちょっと待って!! 待とうよ!!」
彼女の両手が力一杯突き出される。それは見事にイザークの顎にヒットした。
急所に直撃を食らい舌を噛む。
ぎろりと見下ろすと、彼女も半泣きで彼を見上げてきた。
「あのね、僕は3つも年上だよ?」
「それがどうした」
「結婚相手が決まってて」
「そんなもの知るか。貴様はどうせ浚われた身だ。ほっておけば自滅する話だろう」
「止めてよ!!」
キラはふるふる首を横に振った。
「それにね、僕が嫁がないと、父やカガリ王女に迷惑かかっちゃうし」
「なら俺が話をつけてやる。がたがた言うならレイ・ザ・バレルという奴も殺してやる。結婚相手がくたばってしまえば一発で片がつくだろう」
「でも……、でもね!!」
「そんな先の話はいい!! 俺は今の貴様の気持ちが聞きたい!! 俺が好きか?それとも嫌いか?」
「だって……だって僕は…年上すぎて……!!」
「俺が好きか? 嫌いか?」
「あ……、あの。……僕は、……わからないよぉ……!!」
顎を手繰り寄せて顔を上げさせるが、キラの美しい紫水晶の瞳が、おどおどと伏せられていた。先ほどの自信に満ちた眼差しは何処にも無い。
けれど、素直な彼女は、その態度と身体で心の気持ちを如実に伝えていた。
彼女の心臓はばくばくと鼓動を早め、体温をみるみる上昇させていく。
イザークは確信していた。自分を好きでなければこんな反応はしない。
「俺は、お前が好きだ。お前は違うのか?」
果たして、彼女の唇が、切なそうに震え出した。
「……僕も、多分イザークが……好きだよ。でも、君の想いは受け入れられない……」
ぽつりと震える声……掠れて聞き取りにくかったが、イザークは聞き逃さなかった。
「何故だ!! キラは今俺が好きだと言ったばかりだろう。相思相愛なのに、何故俺が断られなきゃならない!!」
キラはずっと目を伏せ続けている。そして切なそうに身を震わせてもいる。
「君に幸せになって欲しい。僕は君の足手まといになりたくない。だから駄目なんだ」
「何が理由だ? 言え。生半可なことで、この俺が引き下がると思うな」
「……僕は、……売られてくかもしれない……」
「見つけるさ。何年かかったって、迎えに行く」
「でも、……その時は、……君でない他の男に……」
きっと抱かれている。
言葉を濁しても、その未来は推測できる。
「それがどうした。お前のせいじゃない」
使えぬ右肩がもどかしい。
イザークはもう一度、彼女の細腰を抱き寄せて、深く唇を重ねた。
「俺だって情けないさ。惚れた女一人守ることもできない。キラ、貴様はこんな男をどう思う?」
切なげに見つめると、彼女は見上げながらふるふると首を振った。
「イザークだって、仕方ないもん。人生、自分一人じゃどうしようもない時だってあるんだから!!」
「なら、お前だって何を恥じることがある?」
「だって……僕、魅力ないし、年上だし、胸ないし、男の人と付き合ったことないし……綺麗で移り気なイザークを繋ぎ止めておく自信ないもん……」
「はぁ? 何を根拠に俺が移り気って……」
「だって……ベアトリーチェに、リズ、マーガレット、アリエル、エリーズ、マリア、ルイーズ、キャサリン、フランソワ、アン、ステファニー。カリン、ロザモンド……」
次々とキラが挙げる名前に眩暈がする。彼女達は身代金目当てに誘拐され、ここにいた女達だった。ちなみに最年長は75歳のベアトリーチェで、のこりも50代40代ばかりである。
イザークが許容範囲と感じた10代〜20代は、キャサリン、フランソワ、アン、ステファニー、ロザモンドの5人だけ。
濡れ衣もいいところだ。
「お前は誤解している!! 俺は彼女達とはなんでもない!!」
「でもね、ステファニーとロザモンドは嬉しそうに君と一夜過ごしたこと自慢してたもん。ニコルも、イザークは奥手のふりしたちゃっかり者だから、彼の口説き言葉だけは信用しちゃ駄目だって。イザークの場合、顔重視でやらせてくれる女なら誰でもいいんだって」
(あの鳥の巣頭!! 一人だけいい子ぶりやがって!!)
キラ相手に忠告とは笑わせてくれる。
「言わせて貰うがニコルだってそいつらと一緒に遊んでいたんだぞ。俺を非難するのなら、あいつとて全く同罪だろうが!!」
「あのねぇ、ニコルはそんなことしないよ」
真顔で言い切るキラが憎い。
この信頼の違いはなんなのだ?
こんなに騙されやすいから、今捕虜になって孤島に閉じ込められているのだろう。いつまで経って何故気づかないのか?
「……貴様は男を見る目がない。いい加減、人を疑うことを覚えろ!!」