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お姫様は頭の痛いお遊びがお好き

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「え、なんで」
「どっちが帝人くんと出かけるか、その権利をかけて決闘しようじゃないの」
 障子の向こうは縁側と、田舎の一軒家らしく広い庭がある。「ガキじゃあるまいし」とつぶやいた臨也はわずかに顔をしかめる。
「今、何期待したの帝人くん」
「え?えーっとその、暴力は駄目ですけど、臨也さんとクルちゃんのは暴力じゃなくてただの喧嘩だからってマイちゃんが言ってて」
 決闘、と聞いた時の帝人の瞳が輝いたのが、見えたのだ。
 舞流が道場に通って鍛えていて、実際に強い。帝人は、臨也がナイフと知恵と言葉を操って、同級生の男と殺し合いの喧嘩をしているのも聞いている。
 反目しあったり、邪険にしたりはしても、暴力でねじ伏せたいほど仲の悪い兄妹ではないのも、帝人は知っているから。
 闘う舞流は格好いい。スカートをはためかせながら相手を蹴り倒す。臨也は「心行くまで中二病だなあ」と妹を皮肉ったが、彼だって似たようなものだ。
「だから……見てみたいなって」
 ふたりの手合わせを。
「やれやれ」
 臨也は心から面倒くさそうなため息をつく。妹も、これでいて実は帝人も、一度言い出せばなかなか退かないのはよく知っている。気乗りしなさそうな顔で、臨也はこたつから抜け出した。妹が、説き伏せて聞く相手なら今まで苦労はしていない。
 玄関から靴を持ってきて、縁側から庭に降り立つ。寒風にカットソーからむき出しの肌を撫でられて臨也は身震いした。――なんで、酔狂にもこんな真冬に喧嘩しなきゃいけないんだ?
「先に一つ訊くけど、ナイフは使わないよねぇ?」
「場合によっては分からないよ」
「駄目だよぉ、イザ兄あんまり肉弾戦得意じゃないでしょ?私相手じゃ役に立たないか、殺しちゃうかのどっちかだよ?」
 血に汗を流してぶつかりあうのは、あまり臨也が好んで取るやりかたではない。体格というハンデもある。死なない程度にナイフで刺してお茶を濁す、と評してくれたのは知り合いの男だ。ほっとけ。
 臨也は神経質そうに口元を引き攣らせる。苛立ちに満ちた笑みの下で、いつもの口八丁で相手を翻弄することはもう諦めている。
「ったく、お前と会話してると疲れるよ」
「イザ兄には言われたくないよ、っと!」
 舞流は力強く地面を蹴った。

「クルちゃんすごいなぁ。俺なんて、体育の成績もまあまあって感じだもん」
「得(得手不得手だよ)」
 縁側に座って九瑠璃と見物していた帝人は、「くしゅんっ」とくしゃみをする。冷え始めた身体に手を回して、九瑠璃は帝人を室内へと誘う。
「冷(冷えるから中入ろ)」
「ん……そうだね」
 名残惜しそうにうなずいて、障子を閉めてから帝人はふと振り返る。
「ふたりとも大丈夫かなぁ」
「終(すぐ決着つくよ)」
「そうなの?」
 九瑠璃はこくりと首肯して、帝人をうながす。そろそろコートを持ってきて、出かける準備をしよう、と。言われるがまま彼女と二人、母親に電器屋へ出かける旨を伝えて玄関で待っていると、それから幾らも時間が経たないうちに、ばたばたと足音が近づいてきた。
「ごめーん、お待たせ!さ、行こっか」
「疲(お疲れ)」
「クルちゃん平気?ていうか、本当に臨也さんに勝ったの?!」
「まぁねー」
 「見直した?惚れ直した?帝人くんなら大歓迎だよー!」と笑う舞流と、ぱちぱちと拍手をする九瑠璃。あの臨也を数十分で下したというのか。帝人は目を丸くした。
「前からすごいって知ってたけど、やっぱり強いんだねぇ、マイちゃん」
「ありがと」
 にっこり笑う舞流の裾を、くい、と九瑠璃は引く。
「兄(イザ兄、なんか変だった)」
「クル姉も分かった?なんか、やる気がないっていうか、動きが鈍い感じだった。身体の調子でも悪いのかな」





 臨也にとっては勝手知ったる竜ヶ峰の家である。手土産にと持ち込んだ清酒を温め、手酌で飲んでいたところに、近所まで出かけていたらしい叔母が帰ってきた。
 肩には止血用の布切れを縛っている。顔にも手にも、幾つも擦過傷を作っている臨也に、叔母は目を止めて声を上げる。
「あらぁ臨也くん、怪我したの?じゃあお酒は駄目よ」
「いや、これくらい平気だから」
「頂いた甘酒があるから、こっちになさい」
 ことん、と猪口をこたつの天板の上に置く。いつかの冬に、帝人が美味そうに飲んでいたのを思い出す。
「じゃあ、久しぶりにもらおうかな。甘酒」
 子どもたちが出かけてしまった竜ヶ峰家は静かだった。叔母が台所で甘い飲み物を温める音が、ここまで聞こえてくる。温まって血行が良くなったのが災いしたか、肩の裂傷が疼き始めた。
「どうぞ。救急箱、持ってくるわね」
「お構いなく。舐めておけば治るよ」
「そんなこと言わないの」
 懐かしいわねぇ、昔は大人しく手当てさせてくれたのに。くすりと笑って叔母は腰を上げる。子どもの頃、臨也が帝人くらいだった頃にはこしらえていた擦り傷も、この歳になった今ではご無沙汰だった。替わりに今の臨也に縁があるのは、骨折だの銃創だのと物騒な怪我ばかりだ。
「ほんと、懐かしいねぇ」
 廊下に出て行った叔母に同調して、臨也は用意してもらった甘酒の碗を手に取る。
「今は昔、だ。身も心も子どもでいられる時間なんて、短い。帝人くんが物慣れた伊達男になれるとは思えないし、今だけだと思い知ればいいさ」
 帝人を連れて出かけて行った妹たちに、呟く。
 二次性徴期になれば、あの子は絶対に恥ずかしがって、妹たちを遠ざけるようになるだろう。ざまあ。自身こそ子どものような独り言を吐く。臨也は甘い液体を啜って、「あま……」と顔をしかめた。





 夜、臨也の客間に帝人が顔を出した。
「どうしたの?」
「あのね……これから、初詣に行きませんか?」
「今から?」
 こっくり。幼い仕草で帝人はうなずいて。腕にはしっかりとコートを持っているのだから、出かける気は満々のようだった。
「みんなとはお参りしたけど、臨也さんとは行けなかったから」
「遅くなって申し訳なかったね。いいよ、行こうか」
「はい!」
 近所に神社があるから、そこならちょっとした散歩にもなる。鴨居に掛けてハンガーからコートを取って、臨也は廊下を見渡す。
「そろそろ、あいつらも『私たちも行くー!』って来そうだと思ったんだけど」
「お風呂、入ってます」
「ああ」
 にっこりと、臨也は笑う。そうなると知っていて、別に彼女たちが嫌いではないけれど、ちょっとくらい二人きりで出かけてみたいと。そう思った帝人がタイミングを見計らって来たのだ。それが分かったからこそ、自然に臨也の顔に笑みが浮かんだ。
 帝人の母親はあっさりとお許しをくれた。連れだって外に出ると、きりりと冷たい空気が二人を刺す。どちらともなく手を出して、握り合って、月明かりの街を歩いた。
「僕、クルちゃんもマイちゃんも、嫌いじゃないんですけど、ちょっとだけ苦手なんです」
「俺もあのふたりの思考は理解はできるけど、迎合はできないんだよな」
「え?」