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【DRRR】 emperor Ⅱ【パラレル】

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そうしてたどり着いたのは、音楽会社だった。
かつてここにも1度だけ来たことがあるはずだが、全く記憶には残っていない。
うっかり近づいてしまわないように、検索したことで場所は知っている。
下から見上げたその近代的な造形から、最近になって立て直されたのかも知れないと思った。

「帝人くん?」

呼び声に振り返れば、見たことのある有名人の顔が近づいて来る。
その後ろから付いてきかけて、彼に制止されたのはきっと、彼のマネージャーなのだろう。

「どうしたの?こんなところで」
「……幽、さん」

ようやく名前が思い出される。以前に、静雄の部屋を訪れた際に会ったときの印象がふらりと戻って来た。
確かあのときは静雄の弟が羽島幽平であることに驚いたが、静雄が有名人の家族であることには納得がいった記憶がある。
こんなにも整った顔をしているのだから、世間で騒がれるイケメン有名人が弟でも頷ける、と。
幽は、全く表情の変化がなくわかりにくい顔をしたまま、少し声のトーンを落として首を傾げた。

「…ホントに、帝人くん?」
「ええ。…一応そのはずです。幽さんはお仕事ですか?」

一応、と付け加えたのは、自分でもあまり自信がなかったからだ。
体全体が軽くなりふわふわとしているし、心が飛び出してしまったように感情が真っ白な空間の中を浮かんでいて、普段の自分のように振舞えていないことは自覚していた。
これは”帝人”ではなく、”エンペラー”だ、と言われたなら、それでも納得が出来る気がする。
まるで自分が自分でない感覚。
今までの自分らしさや、それを形作っていた記憶をすっぽりとどこかに落としてきたようにも思えた。

幽はほんの少しだけ、声の中に不信感を顕わにする。
ただしそれはずっと見つめていてもわからないほどの変化だった。

「俺は次の映画の挿入歌の打ち合わせだったんだけど……、帝人くんは何だか、帝人くんとは違うみたいだね。……どうしたの?」

彼から見れば自分はどのように変化しているのだろう。気になる。
何だかこうして幽に気遣われることは自分の望んだ非日常に近くて、失礼だとは思ったが控えめなクスクス笑いが堪えきれずに漏れてしまう。肩は小刻みに揺られるけれどそれに反して、自分が普段のように眉尻を下げた満面の笑みを浮かべられていないことに気が付いた。
ますます自分が自分でないようだ。感情の出方がまるでいつもの自分とは違う。
幽の声にも困惑が見え隠れしていた。

「……その、声…」
「ああ、幽さんも知ってらっしゃるんですね。そうか、静雄さんがずっと聞いてくれていたから」

嬉しいです、と伝え、ふと、自分は本当にそう思っているんだろうか?と疑問に思う。
果たして”エンペラー”の歌が誰かに聞かれていたことは嬉しいことなんだろうか。
それは今までずっと否定してきた自分とは全く逆の方向だ。

「……事情がありそう…」
「はい、それで少し、社長さんに会いたいと思って来たんですが」

幽はそのまま少し悩む素振りを見せた。
帝人は思う。以前に会ったときにはあれだけ感情がわからなかった幽の細かな変化までわかるようになっている。それは、表情からではなく、話すトーンから感情を読み取っているからなんだろう、と。
変化は声だけじゃなく、耳にも訪れていたようだ。
音を発することも聞くことも、普段の自分とはまるで違う、”エンペラー”仕様になっているらしい、とまるで他人のことのように考える。
幽はわずかではあるものの、困惑と心配と疑問を折り混ぜながら裏口を指差した。

「あの裏口から入って突き当たりを右に行くと、青いテーブルの小さなカウンターがあるから、そこで呼び出してみたらいいと思う。行っても会えるかどうかはわからないけど」
「……どうして、教えてくれるんですか?」

幽はゆっくりと目を眇めてから、ふいに帝人の頭に手を伸ばし髪を乱すように頭を撫でた。

「……帝人くんは、兄貴が大切にしてる人でしょう。俺もね」

兄に比べれば手は小さめで力は弱く、しかし撫で方は同じ気がした。
そんなところが兄弟らしいとは思っておらず、少しだけ目を閉じる。
自分を今まで突き動かしていた懲罰の意思がわずかに緩んで落ち着いた気がする。

「絶対に危ないことはしないで。本当は1人で行かないほうがいいけど」
「…こればっかりは、僕の問題ですから」
「……その声も、兄貴がとても大切にしてたもの。俺も好きだよ。…だから」
「はい。では今度会うとき必ず元気に、ですね」

幽は、自身が周りにあまり発信するタイプでないからか、とてもよく空気を読んでくれる。
本当は途中まででも付いて来てくれようとしたのかもしれない。
今すぐに彼の兄に電話して、事情を聞きだそうとしたいのかもしれない。
でも、彼はゆっくりと頷いて、帝人に1人で行かせてくれる。

「幽さん、ありがとうございます」

スッと、空気を吸い込んだ。

「また、今度」

そこにまた、『秘密』『隠しておいて欲しい事』を乗せた。
一瞬だけ、幽の体がほんのわずかにだけ揺れたように見えた。もしかしたらこの人には効かないかもしれない。この人は芸能人で、素晴らしい歌手の歌を幾度となく生で聞いているはずだからだ。
それならそれでいい。
この人は言いふらすような人ではないのだから。
恐らくいつか静雄さんに連絡をするだろうが、いつ爆発するのかもわからない時限爆弾のようで、不安だけれどもそこに期待が上回る。

幽はもう1度だけ帝人の頭をほんの少し撫でてから、そのままの無表情で踵を返し、あとはもう振り向きもせずに行ってしまう。
その姿を見送って立ち尽くした。
彼も不思議な人だ。ほんの数分話をしただけなのに、どこかに落としていた記憶と心のカケラが、コロコロと少しだけ返ってきた感覚がした。