【DRRR】 emperor Ⅱ【パラレル】
「で、何でシズちゃんがいるのさ」
「…それは俺のセリフだ、こんのノミ虫やろう」
しばらくの間、折原臨也が帝人の世話を見ている、というのは静雄も聞いていた。
トムから、明らかに様子がおかしくなっていたことも聞かされていた。
だが目の前の光景に苛立たないかと問われれば、そんなことはない。
「ちょっと。帝人くんがいるのに、まさか喧嘩始めたりはしないよね?誰かさんのせいで負った怪我の治療に来てるんだよ?」
「…っ!!」
帝人は、ぼうっと空を見つめている。臨也の服を掴んだまま。
いつもなら、顔を見た瞬間に「こんにちは、静雄さん」と人懐っこい笑顔で挨拶してくるはずなのに、目を合わせることすらない。まるで別人の雰囲気を纏っている。
やけにゆっくりとした瞬きが、次に目を閉じた瞬間には消えているのではないかと錯覚させるほど、儚くて、現実離れしていた。
全身を包む真っ白な服は、ふわりとした素材で、羽のようにも見える。
「み、帝人…」
あまりにも呆然と人形のように立っているから、声は聞こえていないのかと思った。
しかし、静雄の声に反応して、ゆっくりと顔を向け、そして目が合う。
静雄はビクリと体を引いた。
あのとき、何も考えられず、何も届かず、ただ破壊衝動に囚われていた時に見た光。
以前にも聞いたことのある響き。でも違う、圧倒的な迫力。
全身の毛が逆立って、体まで浮き上がりそうな程の静かな興奮。
人間離れした狂気が止んだ先に見た、不確かな神々しいナニカ。
「…っ、あ、あれが、…なんなのか、ずっと、考えてたが…」
さらに後ずさりして頭を振る。
病院の前という、あまりに似つかない場所にいる喧嘩人形は、更にらしくない行動をとっていた。
あの平和島静雄が、恐れている、または、怯えている。
臨也が不穏な空気を感じて、帝人を自分の背後に隠し、耳を塞いでおくようにと短く伝える。
「……あれは、帝人、だった、のか…?」
その目で見て、この耳で聞いた光景を思い出せば、喉から出る声が煩わしいほどにかすれてゆく。
臨也の背後で帝人は、従順に耳を塞いだ。強く。強く。
「あの、歌、は…」
頭の中がスパークするような記憶を探り出し、怒り以外の理由で、静雄の瞳孔が開かれた。
サングラスの上からでも、その目が焦点を失い、現実ではなく過去を見ることに必死になっている様がよくわかる。
歌、という単語が発せられ瞬間、今日の臨也から感じられなかった殺意が急激に沸いて増幅する。
「シズちゃん。いい加減にしてよね。君は帝人くんを壊したいの?」
「…な、何だと」
「あのときのこと、ほんのわずかでも帝人くんに思い出させないで欲しいんだ。自分が何をしたのか本当にわかってるの?帝人くん、もうずっとこんな調子なんだよ」
無表情に耳を塞ぐ姿は本当に幼い子供のようにもみえた。
その姿は普段の彼とはかけ離れており、意思も感じさせずに無感動にぼんやりと空を見つめている。ふうと、吹けば簡単に揺らいで、蝋燭の灯のように消えてしまいそうだ。
「もう、帝人くんの前に現れないで。やっとまともな食事を摂れるようになったところなんだから」
そう言われれば、帝人は随分と痩せた気がした。
酷く弱弱しくて、影まで色が薄くて、光の粒が集まって出来ているようにさえ見えた。
作品名:【DRRR】 emperor Ⅱ【パラレル】 作家名:cou@ついった