パロ詰め合わせ2
「……震えてるね。寒いのかな」
手を引いたアメリカがタオルケットの中を覗き込みながらぽつりとつぶやく。つられるようにタオルケットの中を覗き込むと、子どもの猫はさっきとおなじように丸まって震えていた。
「そういえば、冬に日本がくれたホッカイロとかいうのがあったなあ。あとはなにがいるかなあ」
ぶつぶつ言いながらアルフレッドはキッチンへ向かって歩いて行ってしまう。
見たこともない子どもの猫とふたりっきりにされて、どうしていいのかわからず「にゃー」と鳴くと、遠くから「相棒はちょっとその仔看ててくれよー」となんともいい加減な言葉が飛んできた。
看ててくれと言われても、なにをすればいいのかわからない。けれど苦しんでいる相手を助けるのがヒーローだとアメリカも言っていた。彼の相棒として、自分も恥ずかしくない行動をしなくてはならない。
とりあえず温めてあげようと、ちいさい身体に添うようにして丸まってみる。震えているだけあって、伝わってくる体温はすこし冷たい気がした。なんとか温まらないかなと目の前にあるふわふわの真っ白な毛を舐めていると、キッチンからアメリカがもどってくる。
「わお、温めてくれていたのかい」
「にゃーう!」
「でもちょっとごめんよ。その仔をこっちに移すから移動してくれるかな」
そう言ってアメリカが手に持っている物をかかげあげた。果物が入っていた籐のカゴだ。
大人しく身体をどけると、アメリカはカゴの中に手を突っ込んで「カイロ、熱すぎないかなあ」とつぶやき、タオルケットごと子どもの猫の身体を持ち上げてその中に入れた。
そのまましばらく、アメリカとふたりで固唾をのんで仔猫を見つめる。すこしすると、やっと身体が温まってきたのか子どもの猫の震えが止まった。そして初めて、そろそろと瞼を押し上げる。
瞳の色は碧色だった。あのイギリスという男とおなじような色だ。まだ元気がないのか、あまり輝きがない。心配そうにアメリカが指を差し出すと、それをじっと見つめてからぱくりと噛みつき、ちゅうちゅうと吸いついた。
「おなかがすいてるみたいだね。ミルクを温めてくるからまた看ていてくれるかい、相棒」
「にゃーお」
「よし、まかせたぞ!」
哺乳瓶とミルクを持ってキッチンへ行くアメリカを見送ってから、カゴの中を覗き込む。仔猫はまだ眼を開いていて、ぼんやりとした視線をこちらに向けてきた。
まだきちんと声も出せないらしく、くーくーとのどを鳴らすように鳴いている。子どもの猫に会うのは初めてなのでどうしていいのかわからず、とりあえず頬のあたりを舐めてみた。やわらかい、自分のものとは全然違う感触が気持ちいい。仔猫も、嫌がることもなくちいさな舌でぺろりと舐め返してきた。
「まだ寒いのかい?」
声をかけるが、まだ猫の言葉がわからないのか仔猫はくーくー鳴くだけだ。しかたがないのでカゴの中にのそりと入り、また身体を温めるためにぴたりと寄り添う。
しばらくすると哺乳瓶にミルクを入れたアメリカがもどってきた。それをぴたりと自分の頬にあてて「うん、大丈夫」と呟いたあと、仔猫の口元に優しく押し当てる。身体が温まって食欲が湧いたのか、仔猫はすぐにミルクを飲み始めた。
半分ほど飲んでくちを離してしまったが、それでもすこしは空腹を満たして落ち着いたようだ。仔猫はけぷりと息をはいてタオルケットに頭を乗せ、そのまま眼を閉じた。すぐに寝息が聞こえてきたので、体調も良くなってはいるのだろう。
「満足したみたいだね。きみはどうする? そのままそこにいるかい」
「みゃーお」
「そう。じゃあ、なにかあったら呼んでくれよ」
ふいふいと仔猫の頭を撫でてにこりと笑ったアメリカは、ハミングしながら哺乳瓶をキッチンへと持っていく。すぐにベーコンを焼く香ばしいかおりがしてきたので、朝食の続きでも作っているのだろう。
いつもならアメリカの足元をぐるぐるしてベーコンをおねだりするのだが、今日は仔猫を看ているという使命をおっているのだ。ベーコンはまた次の機会にもらうとして、いまはこのちいさな子どもを助けることを優先しよう。なんだかすごくかっこいい自分に満足してくふくふ笑いながらしっぽの先までぜんぶを使って仔猫のちいさな身体を囲い込み、覆い隠してしまうように懐の中に入れる。
鼻先を甘いミルクのにおいがくすぐる。仔猫の体温もすっかりもどったようで、じわりじわりと浸透してくる熱が心地よい。タオルケットの下から伝わってくるやわらかい熱と仔猫に挟まれる形になって、くわりとあくびが漏れてしまう。
仔猫を看ていなくてはならないので、眠ってしまうわけにはいかない。けれど懐の中で安らかに寝息をたてる仔猫を見ていると、ゆるゆると瞼が落ちてきてしまう。ほんの数秒、いいや数分だけ、と心の中で言い訳をつぶやいて、欲求に逆らえず瞳を閉じた。そして簡単に、そこで意識は切れてしまう。
話し声が聞こえた気がして、意識がゆるゆると引き戻される。片目を開けて周囲を確認すると、いつのまに来ていたのかカゴの傍にイギリスの姿があった。仕事はもう終わったのだろうか。疑問に思って声をあげると、つられるようにイギリスがこちらを見てほわりと微笑む。
「おまえがずっとついててくれたんだな。ありがとな」
やわらかい声でそう言って、頭を撫でてくれる。優しい手つきにごろごろとのどが鳴った。アメリカの、気持ちが全部伝わってくるような荒い手つきも好きだが、この男のように繊細な動きで撫でられるのも良いと思う。大切にされていると伝わってくるやわらかさだ。
「おまえにもご褒美やらないとな。あのメタボ飼い主にポテトでももらっておいで」
「にゃっ! にゃっ!」
「メタボとはなんだい! 失礼な人だな!」
心外だ、と叫ぶアメリカにイギリスはくすくすと笑いながら、そっとこちらに手を差し伸べてくる。仔猫を起こさないよう静かに身体を抱きあげられて、そっと床に下ろされた。仔猫がどうなったか確認したかったが見あげても背の高いテーブルに阻まれてなにも見えず、しかたがないのでアメリカの傍に走り寄る。
「やあ相棒。ちいさい仔の面倒をしっかりみるなんて偉いじゃないか! これはご褒美だぞ!」
ひょいとこちらに差し出されたポテトにがぶりと噛みつくと、くちの中いっぱいに香ばしいかおりが広がった。すこし舌が痺れる熱さだが、かりかりとした歯ごたえがたまらない。最近は身体に悪いからとカリカリ以外の食べ物を制限されていたので、よりいっそうおいしく感じる。
夢中になってポテトにかぶりついていると、カゴの傍にいたイギリスがこちらに歩いてきた。ポテトから一度くちを離して見あげると、彼はタオルケットごと仔猫を腕に抱いている。
「あんまりやりすぎるなよ。脂っこいもんは猫の身体にだって良くないんだからな」
「わかってるぞ! もー、ほんとイギリスはうるさいよね、相棒?」
「にゃーん」
「うるせえ、メタボコンビ!」
「ひどいなっ!」
そういうわりに、アメリカはけらけら笑っている。そんな態度に怒ることもめんどうになったのか、イギリスは苦笑いを浮かべてアメリカの隣に座った。革張りのソファーがぎしりと音をたてて揺れる。