Götterdämmerung
東京の池袋駅に着いた帝人は、待ち人を探していた。
前もった土地勘はあるが、この人だらけの駅の構内ではぐれて再び会えるとは思っていない。
待ち合わせの場所から動かないようにしながら、帝人は携帯電話をいじっていた。勿論これは帝人が買った物ではない。しかし親から買い与えられた物でもない。では一体誰からの物かというと―――
「お待たせしました、帝人さん」
「いいえ、」
迎えに来てくれた、長身痩躯の男を見上げると、帝人は笑みを浮かべた。
「大丈夫ですよ、四木さん」
そんなに待っていませんと首を振る帝人に、四木は人混みから帝人を守るようにエスコートしながら歩き出した。
「迎えの車を用意しています」
「そんな、僕なんかのために」
「いいえ、帝人さんは大切な人ですから」
「それは―――、」
粟楠会にとって?それとも貴方にとって?
そう問いたげに顔を上げた帝人に、四木は薄く口元に笑みを刷いた。
「もちろん、私にとっても大切な人です」
「う~ん、50点」
「ははは、嘘は言えませんから」
「そこで“も”を入れるあたりが四木さんらしいんですけどね」
和やかに談笑しながら駅の構内を出ると、すぐそこの道路にハザードを点滅させている黒塗りの車が止まっていた。傍には強面の、いかにもその筋の人間だと思われる男が立っている。その男が二人を見つけると頭を下げ、スッと車のドアを開けた。
ペッコリと帝人はドアを開けてくれた男に頭を下げると、物怖じすることなく車の中に入る。それに続いて四木も車に乗り込んだ。
いかにもな四木とは違い、あまりにも平凡な容姿の帝人が車に乗り込んだのに、集まっていた周囲の視線があの少年は何者だろうとザワめいた。
「でもまさか、あんな条件を出したのに受けてくださるとは思いませんでした」
「それ以上に貴方が魅力的だったんですよ」
「またまたぁ~」
ふふふ、と帝人は唇を綻ばせた。
帝人を東京に呼び寄せたのは四木だった。以前起こった立て篭もりの事件のとき、犯人の居場所を四木にリークしたのは帝人だった。
立て篭もっている男が、粟楠会系列の闇金から金を借りて、返済できなくなって逃げていたことを知った帝人が個人的に四木に情報を流したのだ。
それは家の近所で起こった物騒なコトが早く解決するように、ということもあったが、帝人自身の好奇心もあった。
深夜、家から抜け出した帝人は、立て篭もっていた男が乗り込んできた粟楠会の若い組員達に捕まり、車に放り込まれて連れて行かれるのを見ていた。そこで四木に出会った。
「何度も言いますが、私は貴方に惚れているんですよ」
「僕の“腕”に、でしょう?」
「勿論それもありますが、貴方自身にもです」
今でも四木は思い出すことが出来る。初めて帝人に会ったときのことを。
作品名:Götterdämmerung 作家名:はつき