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ジャミング

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「だいたい君がバラを自慢しだすのはこの時期じゃないか。バラのジャムを食べに来たんだ。俺、明日帰るんだから、夜になる前に作っちゃおうよ」
「ジャム?」
「去年も作ったじゃないか、俺が。美味しかったよね!」
 何もアメリカがジャム作りを好き好んでやっているわけじゃない。何かと焦がしやすいイギリスよりも、まだ自分の火加減の方が信用できるからだ。ジャケットをソファーの背もたれに置き、ネクタイの剣先を汚れないようにシャツのポケットに入れ、袖をまくり始めるアメリカの顔を、いったい何のことだと、ためつすがめつしていたイギリスは、ようやく思い出したのか、ああ、と頷いた。
 去年も、バレンタインだからってお前を呼んだんじゃない、と、聞いていもない言い訳を聞かされながらこの家に招待され、彼のバラを自慢されるだけ自慢され、本当はバラを渡したくて仕方がない目をしながら、贈る切っ掛けを探しあぐねている顔に呆れ、ああそういえば、バラって食用にもなるんだっけ、以前イギリスがバラでもジャムを作っていたと、アメリカはひとり違うことを考えていた。イギリスは、朝食以外たいした食事を取らないのに、茶の時間は別とばかりに、スコーンにバラのジャムをたっぷりと盛り、唇の端についた透明なピンクを親指で拭って、赤い舌で舐める。目をつむり、香りに痺れたように黄金色のまつげの先を震わせ、美味いと自画自賛していたことを思い出していた。
 うんちくを語りだすバラ愛好家の話を聞き流しながら、そうかいそうかい、実にキュートな色だよね、とアメリカが褒めたら、とたんに彼はまん丸な瞳をうるませて喜ぶ。ジェリービーンズみたいにキュートな色だから、食べたら、さぞかし美味しいんじゃないかい?
 絶句する園芸家の目の前で、家じゅうの花瓶からバラを引っこ抜いて、千切った花びらを鍋の中に落として、鍋の中身を全部、砂糖漬けの火刑に処してやった。横暴に怒号と悲鳴をあげるイギリスをよそに、どろどろに溶かした花びらのジャムをアメリカは舐めた。ああ、実に甘いね、君がたった一輪を惜しんだ結果がこの惨劇さ、と、心の中で嘲笑いながら。
「鍋の番してただけだろ。他は俺に全部押し付けてたじゃねえか」
「焦がさなければ十分だよ!」
 んー、と考えこむ顔つきをしながら、イギリスは空になったカップを片付けようとしている。
「もし本当に作るんだっら、明日の朝、花が開く前に摘み取った方が香りはいいと俺は思うけどな?」
「別にいいよ」
 香りが目的じゃないし。立ち上がり、向かったキッチンは前に訪れたときよりも食器の数が増え、いつでも料理が始められるように調理台はきれいに磨き上げられていた。暖房よりもキッチンを先に完成させているのが、料理好きな彼らしい。あとはイギリスの料理の腕が上がりさえすれば、いうこと無しなのに。
 ボウルと料理バサミをイギリスに出してもらって、目に付いたところから花を収穫し始める。まずはキッチンにあった一輪挿しの明るい黄色、次に階段脇の小棚に置かれた細長い花瓶の上の目の覚めるような赤、棘のある茎には触らずに、軸の部分にハサミを入れて、花の首をもいで、ボウルに落とす。彼はアメリカのあとをついて、物いいたげに唇を震わせていたが、やがて嫌なものを見た、という目つきで見あげてくる。
「なんか酷え」
「フランスの首に手刀して、打撲負わせてた君の台詞だとはとても思えないんだぞ」
「あれを避けきれない莫迦が悪ぃんだろ。耄碌してるから痛い目を見るんだ、クソヒゲは」
 床に直接積み重ねられた本、装丁の豪華なハードカバーの上、バランスを取りながら置かれている花瓶のオレンジ色の花の首を、腰を屈めて落とす。
「背中から羽交い絞めされてたら、誰だって避けきれないと思うけどね」
 骨の折れるような音で、窓際に置かれた薄むらさきの小ぶりの花がボウルに落ちて、花の中に埋もれる。切り落とされる瞬間、最後の気力を振り絞るかのように、花は強く香る。黙々と作業を繰り返していると、腕組みをして黙っていたイギリスがぽつりと呟いた。
「やっぱお前、怒ってるだろ?」
 いまさら気づいた振りをしたって遅い。花びらの先の尖った、真っ白なバラをボウルの中に刈り入れる。
「怒ってるのは君の方だろう? 聖人だって処刑されたんだから、バラくらい、別にいいじゃないか」
「……俺の育てたバラだけどな」
 いとしい者に別れを告げるようなやさしい仕草で、イギリスが赤いバラを手のひらで包む。
「枯れたら、どうせ捨てるだけなんだろ? ジャムにして食べるのも、君らの好きなエコとかリサイクルってやつだと思えばいいじゃないか」
 イギリスに別れを告げられたバラの首を容赦なく落とした。血の色をした赤がボウルの中に落ちると、あああ、と嘆く声が背中から漏れ聞こえる。
「せっかく、きれいなやつ選んで、朝から活けたんだぞ……」
「恋人のために処刑されるんだから、別にいいんじゃないかい?」
 ぱちん、と花の首を刎ねる。イギリスは腕組みしたまま、いぶかしげな視線を送ってくるから、ハサミの音に紛れて聞こえなかったようだ。ボウルいっぱいになるまで首を刎ねる作業を繰り返し、頭を無くした無残な茎と葉に、イギリスが項垂れているのに構わず、キッチンへと向かう。
 戸棚に仕舞っていた緑のエプロンを身に着けると、イギリスは納得できない顔つきのまま、ジャムを鍋に掛ける前の準備をし始める。がくの部分を取るのに何度もまつげを震わせてみたり、花の軸を取るのに唇を引き結んでいたり、花びらをいとしげに撫でながら水で流すときに、お前も少しは手伝え、と怒り出す顔も、見ていて飽きない。冷蔵庫から出したレモンを絞り、絞り汁を花に振りかけて、ボウルの中の花びらを混ぜている頃には、料理人みたいな真剣な顔をしていた。さっきとはまるで違うイギリスの顔を、アメリカは吹き出して笑ったのに、それにも気づかないほど花びらをしっとりとレモンと馴染ませるのに夢中になっていた。
「こんなもんか」
 一仕事を終えた顔で、イギリスがひとつため息をついた。花びらとピンク色になったレモン汁を分け、絞った花びらをイギリスがミルク鍋の中に入れる。
「アメリカ。作るっていうなら、お前が最初から最後まで責任取って作れよ」
 バラで染まった手を洗いながら、小言をいう親の顔でイギリスが文句を垂れる。
「何いってるんだい、料理なんて火が入ってからが本番じゃないか」
「お前いつも料理なんてしねえだろ」
「まあね。だから今日は特別だよ」
 鍋にたっぷりの砂糖と花びらと水を入れ、電気コンロをつける。
 イギリスの一年、今日アメリカに食べられるためだけに、温室を快適に保ち、花に最適な土を用意し、花に襲い来る害虫や病毒、気まぐれに花を根絶やしにする天候と戦いながら、大切に大切に育てたバラの、首を落として、軸からはずして、千切った花びらをばらばらに砕いて、砂糖をまぶして、熱した鍋でドロドロに溶かして、絞ったレモンを振りかけて。
作品名:ジャミング 作家名:ひなもと