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恒例行事

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せがまれてもいないのに、もう片方のまぶたに優しく口づけると、まるでお休みなさいのキスじゃない、と悲しそうな返事が返ってきた。悲しそうな理由はわかっている、どうすればいいかわかっている、それでもレイはまだ結論に至りたくはなかった。ただ、もう少し、もう少しだけでも、のどが渇いてしょうがないこの高鳴りをしまいこんでおきたいだけなのかもしれない。
「ルナマリアは大丈夫だと、俺が知っている」
病的だ、とレイは自分を思った。
姿は美しいままのそのままで、徐々に浸食され続けている。
糸はあと少しで切れてしまいそうなほど細ってしまったのに、レイはその間際に踏みとどまっているのだ。
狂おしいほどに病的だ、とレイは自分のことをそんな風に思った。
「そうね」
大丈夫よね、と自分の手を握りしめるルナマリアの指を離したくない。もし彼女が何かを恐れるようなことがあって、人はそれをおかしなことだと笑うかもしれないが、人の不幸に基準などは無いのだ、そうしたときはその手を引いてどこまでも行けるような気さえする。
レイは混乱した。
でも、手を引いてどこまでも行くだけじゃ駄目だとわかっている。手をつなぐ彼女の横顔を見下ろしながら、レイだけが先頭に立って、シンとの場合とは異なり、レイだけが活路を見出すだけでは駄目なのだ。
「それなら」
ふと、我に返ったように彼の髪に手を伸ばす彼女の眼差しは深い。だから駄目なんだ、とレイは確信する。ここからが、たとえるなら、彼にとってシンとルナマリアとの間を隔つものであるのだ。
「レイは、大丈夫?」
シンは傷ついて傷ついて、だから目に見える愛を形にしてリボンを巻いて、レイが正面から手渡してやりさえすればそれですむのだけれども、レイは何も求めないのだけれども、ルナマリア相手では勝手が違う。
「レイは大丈夫なの?」
だいじょうぶだ、本当はそれが嘘であっても言えるはずなのだ。だいじょうぶ、だいじょうぶ、自分はだいじょうぶだと、たとえばシンに同じ質問をされたなら、レイは迷うことなくそう答えることができる。
「俺は」
ただ、ルナマリアに対してのみ、それは成されなかった。いつも言葉に詰まってしまう。本当に自分は大丈夫なのか、笑っていられるのか、自信を持って、胸を張って、そう言えるのか、自分の全身の細胞にいたるまでに問いただしたうえでないと、満足に言葉をつなぐこともできない。
それは見方の違いによって生まれる差違だとレイ自身もわかっている。シンに対しては働く保護欲が、ルナマリアへと向かおうとするたび、自身を無くしたようにしょんぼりと頭をたれて帰ってきてしまう。それはつまり、レイにとって、ルナマリアとは守るべきもの……彼が体を張って立ちはだかってやらなければならないものではないのだと、彼自身がどこかではっきりと決めてしまっていることを意味した。
それならば、彼女とは何なのだ?守るべきものでなく、まして優しい嘘をつくべきでないものであるなら、ルナマリアとはレイにとって、一体何を象徴しているというのだろう。
「俺は」
レイは舌打ちでもしたい気分だった。どんなことにも立ち止まって、ゆっくりゆっくり一つずつ解決していこうとする自分の性格を呪いたい思いだった。
きっと気づきたくはないのだ、彼女がそのことを知っているとわかっていても、水面下での駆け引きのように、楽しみを残した余裕のある心を弄びたい。
「俺には、わからない」
彼女を受け入れられれば良い、というだけのものではないのだ。何故だか、どうしてだか、わがままを言って、駄々をこねる子どものように、レイも彼女に慰めてもらいたいという気持ちは変わらない。シンに対してそう望むことはないのに、他の者に対してもそうだ、でも、それはレイという人間がルナマリアを特別信頼しているからなのか、それともシンよりも(これは決してシンが悪いというのではないが)精神的に寛容であると認識しているからなのか、それとも、それとも、しかしここからはどうしてもレイには言えなかった。
言えないのだとわかっている時点で、決着はついているのだ。
ルナマリアの前髪に顔を埋めて、レイは目を閉じる。
これを意味のない傷の舐めあいだと罵るなら、好きにさせればいい。傷を負った彼女からこうして無駄な血を一切舐め取ってやることこそ、この身の誉れだと傲慢な風に言ってやっても良かった。
たとえば、今もこうして、何かしら不安になるたび、いつもいつも変わることなくレイの元に駆けてくる彼女が、ここに存在しているルナマリアが、彼より先に死んだとして、それでも求められれば、彼は遠くにまで出向いていって、その墓石にも同じように口づけを贈るだろう。そうして彼女は、レイが先に死ねば変わらずにその墓碑に励ましを貰いにくる。
いつから始まったかも覚えていないような、子ども同士の約束のようにもろくて堅い誓いを、死というだけの簡単な終幕で、今まで止むことなく回り続けてきたその歯車のきしみを消し去りたいとは思えなかった。ならば死の以後もたゆまなく続く、恒例の行事をスケジュール帳に書き込み続ければよいだけのこと。
そんなことを考えて、重苦しい喪服を脳裏に描くと、だって、とレイは口を開いた。
「愛と呼ぶには、まだ早すぎると思いはしないか」
そんなレイの言葉に、何のことかと面食らったのだろう、一瞬拍子抜けしたような表情でもって答えると、ルナマリアはそれまで触れていた彼の手から指先を離して、そっと頬に手のひらを乗せた。
「それは、誰のこと?」
わかっているくせに、とどこからか大声で非難する声がする。ルナマリアをためそうとする自分が嫌で、ためそうとしているくせに、レイにはすでに全てわかっている。
でも彼女はそれを許すのだ。
言い表しようのない恐ろしさをいつも、レイのただ一つの言葉によってかき消そうとするように、愚かな彼の行いも、ルナマリアは愛して許そうとする。
抱きしめているのじゃないのだ、守っているだけじゃなく、互いの手はその背に回り、時には背中を合わせて、ぶつかりあう力が相殺されることなく、2人を守り続けているから。
平和を祈り続けるほどにも切ない響きで、レイもまた彼女に愛されることを望んでいるということこそが、何よりその関係を不可侵なものとする由縁かもしれなかった。
「愛じゃないって否定するには、もう手遅れだと私は思うけど」
だいじょうぶ、だいじょうぶよ、と繰り返す彼女の言葉が、つぶやかれるたび、空気中に出て、言葉としての形を得て、力強くレイの不安を払い落とす。気づきたくないのも、水面下での駆け引きを楽しみたいのも、それはひとえに、レイがルナマリアを愛していることに相違ないと気づく、いや、気づいていたものを受け入れるから、そしてそうできるのは何より彼女がいるからなのだ。
「ゲームとして終わらせるには、私たち馴れ合いすぎたわ」
今さらじゃない、とレイの曇り空を吹き飛ばすように笑って、ルナマリアは小さくつま先で伸びをする。
「どちらか一方が欠けても、もう駄目だって」 
わかってるんでしょう、と優しく寝かしつけるときのような声がして、首筋に穏やかな口づけが降った。
「そうか」
「大丈夫よ」
作品名:恒例行事 作家名:keico