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アイマライアー

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そうして今度は、頭を撫でていた手を動かして、胸の辺りをとんとんと叩く音がする。今では大昔のことのような気がしてひどく懐かしいけれど、幼い頃寝入ってしまった自分を、彼が同じようにしてあやしていたことを総司はぼんやりと思い出した。そうじ、そうじろう、おおーいと、今よりは微かに甲高い声が、ちらちらと眩しい春の明かりのもとで手を振りながら自分の名を呼んでいる。ああ、あれはいつのことだったでしょう、子どものときには何よりもくっきりと刻まれていたはずの全てが、だんだんと薄れていくように失われていくことは本当に物悲しい。それでも、まだ背丈が伸びゆく木々にも追いつけなかったあの頃の自分と、今こうして彼にあやしてもらいながら眠る自分は、まったく違うもののようで実は元からなんにも変わっていやしないのだ。もしかしたら、人は大人になるときに、幼い自分とさようならをして道を分かつのかもしれなかったけれど、それを自分という人間はできなかったのだと総司は思い知った。今でも振り返れば、小さい背丈のままの自分が心配そうな顔をして、大人になってしまった自分を見つめている。
「ちいさかった頃を思い出しますよ」
胸の上で一定の拍を刻み続ける歳三の手に自分のものを寄り添わせると、彼の手が意外に冷たいことに気づいて、総司は思わず苦い微笑みを浮かべた。
一体、彼が何を恐れているというんだろう。そんな風に自分をごまかすつもりで思い浮かべた問いも、答えがわかりきっているだけに意味をなさないで、脳裏へと溶けていく。
決まっているじゃないか、という声がした。
馬鹿馬鹿しいほどに愚かな問いだけれども、彼が何を恐れているかだって、何を恐れているかだって、そんなことわかりきっているくせにと、怒りの混じった静かな声が、繰り返し耳もとに囁きかけて。ただ、その答えを聞いてしまえば、取り返しのつかないところまで足を踏み入れたうえ、抱えきれないほどの重みを背負う羽目になることが見え透いていて、総司はかなしかった。
もちろん、その重みは、愛という名の優しさだ。
時には人を殺しもし、生かしもする、愛という名の歳三のかなしい思いやりで、きっとそれを全て抱えたまま平気でいることなんてできやしない。その意味を知ってしまえば、彼をおいて死んでしまうなんて、そんな薄情なことはできなくなってしまう。 
ああ、いつのまに自分は、彼をこんなに愛するようになってしまったんだろう。
どうして私たちは、その先に広がる絶望を知りながら、超えてはならない橋を渡ってしまったんだろう。
ああ、一生わからないでも私は良かったのに。
土方さん、人を愛するって。
人を愛するって、とてもかなしいことです。
「あの頃もこうして寝かせてくれましたっけねえ」
沈黙を割るように口を開くと、ふいに今までの出来事が悔やまれて、悔やまれて、でも愛おしくて、泣き叫びたいほどに愛おしくて、総司は今にも庭に飛び出して、ほら、春の空が綺麗ですねえと両手を広げて見せながら、自分が死ぬことをうずくまるほどに恐れているこの人を安心させてやりたいという衝動に駆られた。私は元気ですよ、私は元気になりました、これからもずっと一緒でしょう、怖がることなんて何もないんですよ、ああ、どうやってもこの人に、この世で最も確かな方法で告げてあげたい、あげたいけれど。
思いの外自分が動揺していることに気づいて、細く長い彼の指をそっと握りしめると、歳三の喉が微かに震える振動が風に乗って伝わってくる。
総司はひっそりと微笑した。
彼に告げてあげたいけれど、もはや彼の幸福を願うことしか、自分にできることは残されていないとわかっているから。
「私は」
つぶやくと、ぽたりと、何か生暖かい滴が頬に落ちてきて、そこで総司はようやく目を見開いた。
ちかちかと反射しながら、目に飛び込んでくる日の光の向こうに(もはや驚くまでもないことだったが)自分の手を握り返し、頭上で静かに涙を流す鬼の顔がある。
誰も土方さんのことなんてうつくしいなどと思わないと言ってしまったけれど、前言撤回をしよう、自分のまぶたに落ちてくる滴をゆっくりと目で追いながら、総司は彼をたまらなくうつくしいと思った。
「私は、しあわせだなあ」
だって、これは自分を愛する男の顔だ。
自分が失われることを恐れて、涙を流す男の顔だから。
別に、普段優しい人が怒るのは怖いとか、そういったことを言うつもりもないのだけれど、普段恐ろしい人が流す涙には、それ相応の深い意味があるような気がした。
微笑んで、総司は歪んだ歳三の顔を乱暴に拭う。
「土方さんの絶望を、知らないままで逝けるのだもの」
ねえ、と小首を傾げると、馬鹿野郎と上擦った声が返ってきて、乱暴に肩を掻き抱かれた。
この手に余るほどの財貨も、色あせることのない思い出も、そして、永遠と謳われる愛でさえ連れて逝けぬなら。
あなたに遺しておくために、私には一体何ができるでしょう。
子どもが、今見た悪い夢を忘れたがるときのように額を押しつけてくる歳三の背中を抱いて、総司は思った。
理解っていますよ、理解っているんです。
私には、きっと何も遺せないのだということ。
よく、死後の世界で再びまみえようと笑い合う人々も。
きっと、そんな希望に望みをかけるような馬鹿げたことはしないのだということを。
私は私で一人きりだから(替えなどもちろんないし、死んだ瞬間にそれはこの世の一覧からはっきりと削除されてしまうほどにも儚くて)あなたを愛した記憶さえ、持っていくことはかなわない。持っていくことなど、かなわない。
「でも、きっと」
目と鼻の先にある歳三の目尻の涙を舐め取って、どっちが不幸なのか競い合うことさえ愚かしいと総司は笑う。
どうしてこんなに愛し合って、2人ともしあわせなのに、こうして互いの身体を引き裂くほどに傷つけ合うことしかできないんだろう、このかわいそうな人が泣いているのは自分のせいなのだ(謝るのは筋違いのような気もするけれど)ごめんなさい、ごめんなさい、後生だから誰かこの人をしあわせにしてほしい、畳みかけるように頭の奥で幾つもの声が鳴り響いて、でもその絶対的な幸福には自分が生きていなくちゃならないことぐらい総司にだってよくわかっている。
恐れのない子どものようにこの人を愛して、恐れを知った大人のように死んでいくなんて、皮肉というよりはただの悲劇だ。生まれて初めて目にした木漏れ日に歓声をあげるように、歳三の髪の隙間から漏れる日の光をつかもうと手を伸ばす。こうして一瞬一瞬大切に刻み込んだ全てが、この身体に染み込んだ記憶さえも、失われていくことは怖いけれど、でもそれだってきっと仕方のないことで。
この人を自分は救えないし、この人にも自分は救えないなら、せめて。
「また、逢えますから」
運命を呪うよりは早く、せめて優しい嘘をついて、この人が落ちくぼんでしまわないようにできればいい。
震える両肩を抱き込んで、総司は日の差さなくなった障子の向こうを、ぼんやりと見やった。
作品名:アイマライアー 作家名:keico