今日も今日とて池袋は平和です
帝人は兄の太郎から目を離すと、こちらに手を振りながら大声で自分の名を呼んでいる臨也と、その後ろから猛ダッシュで走ってきている静雄に手を振った。
時折臨也は静雄にナイフを投げたり、静雄も臨也に向けて自動販売機(だと思われる鉄の物体)を投げつけていた。
そんなものを投げて投げられ、避けながらよくもまあ二人ともちゃんと走っていられると思う。流石『非日常』を持つ人間だ。
帝人はそんな戦争をしながらこちらに向かってくる二人を見ながら微苦笑を漏らした。
我ながら小ずるいとは思う。だってあの『非日常』を具現化したような人間二人は己を恋愛の対象として見ているのだ。
それを分かった上で、帝人はあの男達を手玉にとる。分かった上で、自分は答えない。
あの二人はそれに今とてもじれているのだろう。臨也に関しては特にそう思う。けれど、じれているだけで何もしてこない。
これはたぶん憶測だが、あの二人は帝人に嫌われたくないから、嫌われると思われる行為ができないでいる。
帝人は失礼だと分かっていても、とても楽しいのだ。あの日常からかけ離れている二人に思われているなんてなんとう『非日常』。
しかも相手は男、自分も男。これ以上何が楽しいだろう。それに、と帝人は視線をばれないように太郎に向ける。
兄はまだ気がついていない。兄にとっての『非日常』が近づいていることを。もちろん気がつかれないように兄の気をあの戦争の二人にそらした。
けれど、念には念を入れて。もしばれてもすぐに逃げられないように。帝人は知らず知らずのうちに笑みを浮かべ、太郎に絡ませている腕に力を込めた。
「あんな場所から帝人のフルネームを呼ぶな。個人情報漏洩だろ。何、ちょっとあそこの二人本気でしばこうか」
太郎は太郎で、帝人のフルネームを叫びながらナイフを静雄に投げている臨也に軽く殺意まがいな感情を抱いていた。
勿論静雄も帝人の名前を連呼しながら標識を投げつけているので、同じ殺意まがいな感情を向ける。
「兄さん、あの二人に関してだけ特に厳しいよね」
「そうさせているのはあのふた・・・・帝人今すぐ手を離して」
戦争の二人組に気をとられていた太郎は、今視界の端に映った女性組に肩をはねさせる。
帝人はちっと舌打ちしたいのを我慢して、太郎の腕にこれでもかと言うほど抱きついた。
「やだ。だって兄さん逃げる気満々でしょ?」
帝人の言葉に、弟が自分よりいち早く彼女たちに気がついていたことを察知した太郎は弟の手を離しにかかった。
けれど大切な弟に傷を付けたくなかったのでとても易しめに己の腕を引き抜こうとする。
帝人はそんな兄の優しさを知りつつも、腕を放そうとはしなかった。
だんだんと近づいてくる女性達に太郎はとうとう声を上げる。
「逃げて悪いか!あぁ!!」
太郎が絶叫を上げた瞬間、帝人は兄の腕を放しその場から少し離れた。
そして帝人が離れてコンマ一秒と立たずに、女性二人が太郎に抱きつく。
「逢いたかった!太郎さん!!」
「っ///」
太郎の右腕に抱きついたのは真っ黒でさらさらとしたストレートな髪を腰まで伸ばした美脚の女性。ニーハイから除く白いふくらはぎが目にいたい。
対して左腕に抱きついたのは福与かな胸元を持つボブの茶髪を持った女性。その福与かな胸元をたわわに隠すこともなく、むしろ強調している服がいたたまれない。
本当にこの二人はまだ13なのかと疑いたくなるような姿に、太郎は一瞬よろめいた。
太郎は己が面食いだと自覚している。だからそこ、この少女達が苦手なのだ。仲の良い友人から光源氏とまで言われたら流石に応えるものがある。
顔が一瞬で引きつり、そして己を今の今までここにとどめていた弟を睨み付けた。
その姿を確認した帝人はにっこりと笑い、手を振りながら己から戦争の二人組の所へ行く。
スキップをしながら去っていく弟に絶望の叫び声を心の中で上げていると、先ほどよりさらに強く腕を抱きしめられた。特に左が痛い。
「太郎さん太郎さん太郎さん太郎さん!!あぁ逢いたかった逢いたかったの!」
「・・・見つけた」
テンション高く話しかけてきたのが黒髪の少女、甘楽。頬を染めて胸を腕に(無意識無自覚に)押しつけてきている少女が静香。
太郎は泣きたくなった。もう大人とかそんな立場をかなぐり捨ててどけ座してここから逃げたい勢いだ。
はっきり言おう。理性が持つか分からない。相手は子供まだ子供。中坊に欲情してどうする、と心の中で念じ続ける事実がまた悲しい。
太郎は痛む腕と己の心の葛藤に頭痛がしてくるのを感じた。
「もうずっとどうして連絡してくれなかったんですかー!私ずうぅっと待ってたのに!私から連絡してもぜぇったい繋がらなかったし!」
それは繋がらないように4時間に一回アドレスを変えているから、電話番号を着信拒否にしているから、なんて口が裂けても言えないと太郎は思った。
それを言ったら最後、甘楽は徹底的に太郎を追いつめるだろうから。まだ子供とはいえ太郎でさえ恐ろしいと思う情報操作を持っている少女なのだ。
「声、聞きたかったです」
ぎゅうっと腕にしがみついている少女の姿はとても愛らしいし、すばらしい胸元は時々くらっとくるがその力がいただけない。
今でも腕がへし折れそうだと、骨のきしむ音まで聞こえるんじゃないかと思うほど痛い。とにかく痛い。
「っ、ごめん、ね!二人ともっ・・・、たのむっ、からさっ、・・・逃げないか、らはなし、ってくれる?」
痛みに耐えながら何とか言葉を発する太郎を二人は同じ表情で見上げてくる。そんなあどけない顔をしていれば本当に可愛らしいんだけどね。
痛みの所為で額に脂汗がにじんできた。そろそろ限界に近い。太郎はもう一度ね?と小首をかしげてみた。すると、
「んー・・・あ!太郎さんが私たちと一緒にお茶へ行ってくれるなら良いですよ!ね、静ちゃん!」
「っ・・・!う、うん!」
ね?ね?とお強請りしてくる甘楽に太郎は今度は違うめまいを感じだ。この甘楽は兄と同じくジャンクフードがだめ。総菜何それ、レトルト?ふざけるな。な精神なのだ。
太郎は自分の財布と中身を考えながら、どうしようかと算段を立て始める。
「だめ?太郎さん?」
甘楽はそう強請りながら、魅惑的な笑みを浮かべ太郎の腕に己をすり寄せた。しなやかで高貴な猫が懐いたかのような感覚に襲われる。
この少女は自分の武器がなんなのかをはっきりと理解している。そしてその武器を最大限に利用して太郎を追いつめてくるのだ。
本当に、一瞬の隙をついてくるのだから、一番たちが悪い。そしてその分、太郎の裏の顔としての琴線に触れる。
「・・・食べに行きたいです」
静香は頬を染めて太郎の腕の服をくぃっと引っ張る。こちらは小型犬が必死に愛情表現をしてくれているかのよう。
こちらの少女は無自覚こそが武器なのだろう。まだあどけなさの残る顔にその姿がとてもアンバランスで男として放っておけない。
守ってあげたい、という庇護欲をそそる彼女も、太郎は気に入っていた。
頭の中でずっと警報が鳴り続けている。けれど、太郎はその響くサイレンにふたをした。己の性癖など己がよく知っている。
作品名:今日も今日とて池袋は平和です 作家名:霜月(しー)