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この感情は災厄でしかない

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『それを承諾したのか!? 悪魔に魂を売るのと同じだぞ!?』
「失礼ね、生粋の化物に悪魔呼ばわりされる筋合はないわ」
憤りを顕にするセルティに、しかし波江は淡々としている。
『私が化物だろうと、お前が性質の悪い存在だということに変わりはない! 今すぐ帝人を解放しろ!』
「拘束しているつもりはないわ。それに私が解放してもすぐに別の何かが憑くわね、そういう体質だもの。だから無駄よ」
『池袋周辺にそんな気配はない、だから帝人は安全だ」
PDAに打ち込まれたその文字を見て波江は、ハ、と嘲う。
「首を失くして零落れたわね、それとも都合の良いものしか見えないのかしら。東京、特に山手線沿線、内側なら私みたいな輩は掃いて捨てる程にいるのよ。自覚がない奴もいるでしょうけど、関係ないわ、有無を言わさず惹きつける。昨日の集団の中にだって少なからずいたからきっと目をつけたでしょうね、下手をしたら私より更に性質の悪いものが! むしろ私で済んで良かったんじゃない?」
セルティは言葉に詰まる。実際に波江のことも気づかなかった。余程に血が濃くなければ気づけない程に鈍ったのだろうか。だとしたら零落れたと言われても反論は出来ず、そういうものが掃いて捨てる程にいるという言葉を否定する要素は揃わない。『首』があれば歯噛みしていただろうが、現在の彼女には出来ないことだった。
『相談というのはその女のことか?』
せめてこのくらいの嫌味は許されるだろうとPDAに文字を打ち込んで帝人へ向けると、彼は首を横に振る。内心で思い切り舌打ちし、もし肯定してくれれば昨日までの20年分の鬱憤も含め、盛大に八つ当たりしてやろうと思ったのに、と打ち込んで画面を見せると苦笑された。
「今日、来て頂いたのは、こちらの件なんです」
 そう言って差し出されたのは丁寧に布で包まれた円筒だった。受け取って布を解いてみれば円筒の容器の中に『首』が浮いている。20年間探し続け、昨夜諦めたばかりの、セルティの『首』だった。
「探していると聞きましたし、何より、セルティさんが持っているべきだと思いましたから」
容器から出して彼女が手にすれば『首』は再び目を開けるだろう。しかし新羅からの思いに応えた以上、今、この『首』を手にすべきではない、とセルティは容器を包み直して帝人へと渡す。彼は目を瞬かせた。
『今の私には必要ないものだ、帝人が預かっていてくれ。出来れば破壊されないように』
所在がはっきりしているだけありがたい、と礼を言う彼女に、帝人は本当に良いのかと一度だけ確認すると、波江へと向き直る。その表情は昨晩のそれと似ていた。
「矢霧波江さん、“取引”です。『首』の保全を確保して下さい」
その言葉に波江が顔を顰める。
「今まで散々それを実験対象として扱ってきた私への嫌がらせかしら?」
「それはセルティさんがしたければすれば良いことで、僕はただ、大切な預かりものを壊されたくないだけです」
波江は嫌な顔をそのままに、しかし断るとこはしない。
「分かってると思うけど、只じゃないわよ? 取引なんだから」
帝人が頷くと、波江はその手を伸ばし、彼の頭に触れたと思えば、その短い髪を掴んで思い切り引っ張った。それをセルティが影で鎌を作り出し止めようとするが、それを帝人が制する。自分では痛いです、何するんですか、としっかり文句を言っていたが。
「掴みにくいわね、伸ばしなさい。それが条件よ、竜ヶ峰帝人」
「……分かりましたけど、邪魔になったら結びますよ?」
「傷まない程度になら許すわ」
 よく分からない条件だな、と思いながら生命の危険にはならないだろう、とセルティも影で作った鎌を引っ込める。それと同時に波江も帝人から手を放した。
「帰るわよ。貴方には無遅刻で登校して誠二のことを報告して貰わなきゃいかないんだから」
言われて帝人はセルティへ頭を下げると『首』の容器を抱えて歩き出した。その後を追う波江の肩を掴み、PDAを突きつける。
『帝人は可愛い弟分だ。何かあったら赦さない』
「あら、意見が合ったわね。弟ってどうしてあんなに可愛いのかしら」
やや染まった頬に手を当て波江はうっとりと言うが、それもすぐに睨みつけるような視線になる。険しい視線は帝人から外れない。
「……当面は危害を加えるつもりはないわ。悔しいことに、そんなこと出来そうにないもの」
言い残して波江も去った。その言葉は本当になのかと疑問に思う。しかしもしそうなった時は自分が守れば良いか、とセルティも踵を返した。

 万が一の為に新羅へ打診しておこう、と考えながら。
作品名:この感情は災厄でしかない 作家名:NiLi