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この感情は災厄でしかない

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この愛情は災厄でしかない


「でも、私は前から竜ヶ峰さんの事、知ってたんですよ」
 彼がキョトリ、と首を傾げる。
「入学届けを出す時に、受付に名前をチェックする一覧みたいなものがあって――そこでかっこいい名前だなって思ってたら……ちょうどそこにチェックする人がいて……」
少しばかり嘘が混じる。言っていることは事実だが真実とは少々異なる。
「それで……その人に今日助けられました」
表面上で笑いながら内面では真実の原因を押さえ込むのに精一杯、余裕など欠片もない。何せ、
『愛しい愛しい愛しいああ何て愛しいの彼との間に出来る娘は何より可愛いでしょうね斬りたい斬りたい愛したい愛したい愛したい愛しい愛しい彼との娘が欲しい欲しい愛してる愛しい』
罪歌が彼を特別視しているらしいのだ。
「冗談ですよ」
しかし宿主である園原杏里にとって悪いことに彼こと竜ヶ峰帝人は同級で、同じクラス委員で、何より
「……ごめん」
まだ同級となって3日しか経っていない、知り合い以下の認識でもおかしくはない同級生を助けようとしたり、からかった側の杏里に謝ったり、と斬ってしまうにはかなり抵抗を感じる好人物だったのである。





 帝人と、彼の幼馴染である紀田正臣と親しくなって2ヶ月が過ぎようとしている。時期は梅雨に入り、伸びた髪が湿気た空気を纏って肌に触れるのを帝人は鬱陶しそうに払っていた。
「にしても伸びるの早くね? 純朴な顔して実はムッツリスケベか?」
「正臣なんて傘忘れて濡れ鼠になってしまえ」
「地味にヒデエ」
いつものやり取りをする2人を微笑ましく思う反面、他の同級生そっちのけで帝人に執心している罪歌からは嫉妬の声が上がる。
『ずるいずるいわ私の方が先に見つけたのに横から攫うなんて私の方が愛してるのに愛せるのに』
 どうやら帝人に罪歌と似たようなものが憑いていて、その影響で髪が伸びているらしい。杏里はそう考えた。どんなものが憑いているのか知りたいとは思うものの、3人でいるこの穏やかな時間を壊してしまいたくなくて訊くに訊けないでいる。それより取り敢えずは帝人に害がないようなので、彼の不快指数を下げようと提案した。
「あの、元の長さに切る、とか……」
『よく言ったわ、むしろ私が切りたいくらいよ』
帝人に言ったのに罪歌が賛同してくる。髪だけじゃなくて身も斬りたいのだけど、と言った後はまた、ずるい、愛しい、愛したい、と繰り返す。
「切りたくないわけじゃないけど、切れないんだ」
そして当の帝人はそう言って苦笑するのみ。自分の意見が受け入れて貰えなかったことに少々の寂しさを感じて俯くと、帝人はあわあわと困惑した様子を見せた。
「ごめん、園原さんが考えて言ってくれたのに」
「いえ、私こそ事情も知らずに」
また少しの嘘が混じる。事情は推測出来ているのだ、確証がないだけで。ああやはり訊くべきか、と考えていると
「切れないんじゃ仕方ねえな、ヘアピンとかで留めるか」
という正臣の言葉に遮られる。女子が他にいないからだろう、ヘアピンを持っていないかと問われたが、首を横に振る。
「じゃあ今日はナンパじゃなくて買い物だな!」
「もともとナンパの予定なんてなかったよ」
3人で、との明言はなかったがしっかりと杏里も入れてくれている帝人と正臣が好きで、大切で、杏里は知らず内に微笑んで頷いていた。







 すっかり日も傾き、買い物を終えた3人は公園でクレープを齧る。
 帝人の髪留めを見る筈が正臣がアクセサリを物色し始め、それにつき合ってから改めて目的のもの探し、やはりというか正臣が茶々を入れ、微笑ましくも喧しい言い合いの末、何故か3人で揃いの髪留めを買った。色違いのそれをまず正臣が着けて、
「やっぱ俺は何でも似合うな!」
とはしゃいでいる。
「鏡も見ないでよく言えるよね」
呆れたように言いながら帝人もパチリ、と前髪を留めた。余程に邪魔だったのか随分とスッキリした表情だ。次いで杏里が着けると似合う似合う、と正臣が笑う。
「帝人も何か言えよー。可愛いとか、エロ可愛いとか、むしろエロいとか?」
「だからエロはないって!」
「ま、何はともかく撮っとくか」
もしゃもしゃとクレープを食べ終え、包み紙をゴミ箱へと放り込んだ正臣が携帯電話を構えてクレープを持ったままの帝人と杏里へ向けた。
「よーし、お前等もっと寄れ。べたーっと」
その言葉に帝人が顔を赤らめる。照れているのは分かるのだが、寄るどころか離れてしまうのは杏里も面白くないので自ら寄ろうと手を伸ばしたその時だった。

「それに触らないで」

 冷たい声と共に何かが帝人と杏里をベンチごと裂いた。食べかけのクレープが地に落ちると同時に罪歌の声が膨れ上がる。
『ずるいずるいずるいずるい私だって彼に触れたい触れ合いたいわ斬りたいわそれを邪魔するなんて酷いずるい私だって愛したい愛してる愛してる愛してる愛しい』
意識を渡さないために罪歌を額縁の向こうへ押し込んでいる間に、女の手が帝人の髪を掴んで杏里から引き離した。
「最近、やたらと赤い目をした輩に斬りかかられると思ったら、貴方の仕業?」
髪の長い、冷ややかな印象を与える美女が、帝人の髪を掴んだままその腕の中に閉じ込めている。杏里の内側から罪歌が返した。
『そうよ、だってずるいもの』
「残念だったわね、返り討ちにしたからしばらくは使い物にならないわよ」
『娘達になんてことを!』
「あら娘だったの。男のクセに女口調で気持ち悪いと思ったわ」
代弁せずとも会話する様子を見て杏里は目を僅かに見開き、確信する。目前の美女が帝人に憑いている者であり、そして害はないと思っていたがそんなことはない、ということを。
「……帝人君を放して下さい」
罪歌と話していた女は、そこで初めて杏里を視界に入れた。
「人間の宿主が口を利いたところまでは褒めてあげるけど、それは出来ない相談ね。これは仮にも取引相手だもの、妖刀如きに斬られちゃ困るのよ」
「帝人君をそれとかこれとか指した挙句、乱暴な扱いをする貴女に罪歌をどうこう言う資格はありません」
女がピクリと眉を上げた。
「髪を引っ張られるのと斬られるのとじゃ、大きく違うと思うのだけれど?」
「乱暴に扱っているという点で変わりありません」
『そんなつもりはないわよ? だって愛しているもの』
「……それにどの道、罪歌が帝人君を斬ることはありません」
杏里はス、と左手から罪歌の刀身を引き抜く。
「私が彼を守るからです。罪歌から、当然、貴女からも」
『私から守るのに私を使うのね、矛盾してるわ』
「妖刀の言う通りね、矛盾だわ」
女は帝人を突き飛ばすとジャキン、と爪を出した。
「その矛盾ごと斬り刻んであげる」
「貴女を支配させて貰います」
『あら、この女は愛したくないのだけれど』

 美女と美少女の斬り合いは日が落ちきった後、雨が降り出すまで続いたという。
作品名:この感情は災厄でしかない 作家名:NiLi