蝋梅の願い
それは、手の中にすっぽりと納まる大きさの球体…封印球だった。
「王子…」
リオンが不安げにリトーヤと封印球を交互に見る。
「大丈夫。ただ光ってるだけみたいだ。
でも、今までこんな事無かったのに。それと……」
リトーヤはそう言ってリクリに視線を向けた。
「……」
リクリは光を放つ左手を握りしめ、リトーヤをじっと無言で見ている。
「お、おい…」
リトーヤから視線を外そうとしないリクリに、緊張した声でテッドが話しかける。
「うん、光の原因は分かってる。
確かに危険だけど原因が分かっている分、寧ろ彼の右手に宿っている紋章の方が気になるね」
そう言ってリクリはリトーヤの所まで歩み寄る。
近付くリクリに警戒してリオンが軽く身構えたが、そんな事は気にも止めずにリトーヤの前まで来ると、やんわりと微笑んだ。
「驚かせちゃったみたいだね。
僕は訳あって、君が持つその封印球と深い関わりがあるんだ。
良かったらその封印球、見せて貰えないかな?」
「……これを?」
リクリの言葉にリトーヤは更に警戒してしまった。
だが、リトーヤの警戒心がより強くなる事はリクリも充分心得ていた。
「リクリ……お前さぁ…」
テッドは呆れかえった声音でそう言いながら、リクリの隣まで歩いて来てポン、と彼の肩を軽く叩いた。
「名乗るつもりが無いんなら、お節介なんてやくなよな」
「別に名乗らないつもりは無いよ。
ただ、名乗らずに事が済むんだったらその方が良いかな…って、そう思っただけだし」
そうテッドに言うと、リクリは少年に向き直った。
「名乗らなくてごめん。僕はリクリ。友人と2人で旅をしているんだ。
君の持っている封印球が僕の宿す紋章と深く関わっているみたいだから、見せて欲しいんだけど、良いかな?」
「これに深く関わる紋章を…?」
「うん」
「でも、これはとても危険な封印球だから、絶対に宿してはならないものだと聞いた。
それなのにその紋章を宿しているの?」
リトーヤの問いにリクリは頷いた。そして、今度はリクリがリトーヤに問うた。
「だから、ちょっと訳があって…ね。
君こそそれを危険と知ってて、どうして持ち歩いてるの?」
「そ…それは……」
リクリの問いに、リトーヤは言葉が詰まった。
しどろもどろするリトーヤを見て、彼の方にも何か事情があるのだろうと察したリクリは、それ以上問うのを止めた。
「ま、深くは聞かないよ。だけど、その封印球はそのままでも危険だ。
僕なら危険を無くす事が出来るから、僕に貸してみて」
リクリの声音に真剣さが増したのを感じ、リトーヤは迷った末に封印球をリクリに渡した。
封印球を受け取ると、リクリはその中の紋章を確認した。
「やっぱり眷属か」
横から封印球を覗き込みながら言うテッド。
「うん。罰の眷属…断罪だ」
そう言いながら、リクリは封印球を左手で握り両目を閉じた。
周囲が無言で見守る中、暫くして封印球の光はリクリの左手に移り、罰の紋章に吸い寄せられるかの様に消えた。
封印球と左手の双方から光が消えると、もう一度確かめる様にリクリは封印球を見る。
そして、もう危険は無いと分かると、封印球をリトーヤに返した。
「はい。これでもう大丈夫だよ」
「ありがとう。でも、もう大丈夫って…何をしたの?
封印球に関わる紋章を宿してるって言っていたけど…。
それと何か関係あるの?」
「………」
そう問うて来るリトーヤに、しまった…と、リクリは口を閉ざした。
リトーヤのこの質問は考えておくべきだった。
罰の紋章の事をどうごまかそうか…。
そう考えているリクリを横目に、テッドは深く大きな溜息をついた。
「…バカ」
そう呟いたテッド。
そんなふたりを見て、今まで静かに事を見ていたスカルドがリクリの所まで歩み寄り、深く一礼した。
「私はスカルド・イーガンと申します。
ご無礼を承知でお尋ねいたしますが、貴方様はもしやリクリルーセ様ではございませんか?」
「う…」
スカルドの恭しい態度に、リクリはたじろいだ。
そして、助けを求めるかの様にテッドを見る。
テッドもスカルドの言葉と態度に驚いた様で、微かに強張った顔でスカルドを見ている。
…が、リクリが自分を見ている事に気付き、テッドもリクリに視線を移す。
「…お前が余計な事言うからだぞ」
「だって、あのまま眷属を放っておけなかったし、信用して貰うにはああ言うしか無いじゃないか」
「…まぁ、そうなんだけどな。
それにしても、あの人…一体何処まで知ってるんだ?」
そう言ってテッドは再びスカルドを見据える。
「提督、彼を知っているのですか?」
スカルドの隣に歩み寄り、リトーヤは彼を見上げて問うた。
そんなリトーヤに、スカルドは微笑みと共に答えた。
「噂を何度か耳にした程度です。
彼が私の予想通りの御方であれば、あの御方にも様々な事情がおありです。
私の独断であの御方の身の上はお話し出来兼ねますが、興味がございますのなら、王子殿下が直にお尋ねになられてはどうでしょう」
「そうなのですか」
そう言って、リトーヤは視線をスカルドからリクリに移した。
「え…えーと…」
自分を見るリトーヤと目が合ってしまい、リクリはどうすれば良いか分からず、言葉が出ない。
そんなリクリに、リトーヤは落ち着いた声でリクリに話しかけた。
「僕もまだ名乗ってなかったね。
僕はリトーヤソール。さっきは封印球をありがとう。
あまりに突然だったから、挨拶もお礼も出来なくてごめん」
「そんなの気にすんなって。最初に名乗りもしなかったのはこいつだし。
それに、王子様と知っててもこの態度だしな。
寧ろこいつの方が謝る点が多いんじゃないか?」
そう言って、テッドは声を立てて笑った。
「そういうテッドだって、彼に対して不敬じゃないか」
笑うテッドに、リクリはムッとしてそう言った。
「不敬なんて今に始まった事じゃないだろ。リクリルーセ様」
「からかわないでって言っただろ!」
リクリをからかうテッドと、顔を赤くして言い返すリクリ。
そんなふたりにどう話しを持って行けば良いか分からず、リトーヤはただ彼らを見ていた。
「あ…あの……」
おずおずと、やっとリトーヤの口から言葉が出た。
それと同時に、ふたりはリトーヤに向き直った。
「あぁ…悪ぃ。話の途中だったな」
頭をかきながらテッドは謝った。
「いや、大丈夫だよ。君たち、僕の身の上を知ってたんだね」
「…まぁな」
短く答えたテッドの顔から、明るさが消えた。
リクリも悲しげに微笑んでリトーヤに答えた。
「僕たち、つい最近までファレナに居たんだ。いろいろ話しも聞いた。
何か力になりたいと思ったけど、僕たちだけじゃ何も出来る事が無い事も分かってた。
……だから……たった1つ、出来る事をしたんだ」
言い終わると、リクリは左手を見つめてグッと握りしめた。
「おい、リクリ…」
テッドが顔を僅かに強張らせて友の名を言う。
「テッド…。僕、彼らには話しても良いと思う。
僕に身の上を明かす選択肢をくれたスカルドさんを、僕は信用したい。
そして、そんなスカルドさんが信用するリトーヤソール王子も、信用したい」
言い終わると、リクリはテッドを見た。やさしい眼差しの中に強さが宿る翡翠の瞳。
テッドは諦めにも似た溜息をついた。