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四日間の奇蹟

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~Third day~






学校の屋上へ続く階段は薄暗く、見上げた先にあるドアの窓だけがぼんやりと光っていた。
俺はその光を見ながら階段を登る。カンカンと自分の足音が狭い空間に響いて、なぜかいたたまれないような、心細いような感覚を覚える。
きしむ鉄の扉を開けると、そこは一面の青空であった。頭に、あの事故の光景がちらつく。
俺は頭を振って、その映像を振り払うと、目的の影を探した。

「ジロー」
「ああ、侑ちゃん」
貯水タンクの作る影の中で、寝転がっていたジローは、俺の姿を認めると、上半身だけ起き上がって俺を見上げた。陽だまりのような髪が、風になぶられてふわふわと揺れている。俺は、ジローの隣に腰を下ろして、青い空を見あげた。秋の強い風にあおられて、綿飴のような雲が早いスピードで流れていく。
しばらく二人とも、黙って空を見上げていたが、ふと呟くようにジローが言った。


「今日ね、夢を見たんだ」
「なんの?」
「あの虹の夢」
「あのって、あの白い虹のこと?」
「うんそう。侑ちゃんと一緒に見た、夕焼けの空にかかる白い虹」


以前に、ジローとの帰り道、夕立に降られて雨宿りをした公園で、雨が上がった夕焼けの空に、今まで見たこともない白い虹を見たことがあった。実際に実物を見るまでは、フィクションだと思っていたのだが、実は以前その白い虹がでてくる本を読んだことがある。その時は、なにしろずいぶん前に読んだ本だったので、どんな題名の本だったかは忘れてしまったのだが、しかし白い虹という言葉の印象が強かったために、覚えていたのだ。


「どんな夢やった?」
「あの時とおんなじ。あかいあかい夕焼けの空に、黒い雲がたくさん浮かんでいてね。その中にすっと細くて白い虹が一本かかっていたんだ。赤と黒の中に、白い筋がとってもくっきりしててね。実際に見たのに、俺ちょっと怖かった」
ジローは、夢の光景を思い出したのか、ひざを抱えてじっと前を見つめている。
「ジロー、それは、白い虹が不幸を呼ぶ虹やからや」
「不幸?」
「あの時、俺白い虹のこと本で読んだことあるってゆうたやん?俺あの後、もう一度その本読み直してみたんやけど、その本に書いてあった。白い虹がでた後は、不幸が起きるんや」
「その本の中では、何が起こったの?」
「地震。関東大震災や」
戦時中の出来事を日記形式に綴った本だった。その当時の様子が、正確に描写されていて、その白い虹の記述がなかったら、ノンフィクションだと思ったくらいである。しかし、実際に白い虹をこの目で見てからは、この本は本当にあった出来事を綴ったものなのだと思うようになった。この日記を書いた人物が、秋空の広がる朝の時分に白い虹を見た。人々は、口々にそれは不幸が訪れる前触れだと言った。そして、その昼に、空襲警報が鳴り響くなか、関東大震災が起こったのだ。
「不幸を呼ぶ虹…」
ジローが小さく呟く。
「あん時の虹、やっぱり不幸を呼び込んだんやろか」
その虹のいい伝えが本当だったとしたら、さしずめ今回の不幸というのは、俺達にとってはあの事故だった。
あの墜落事故が白い虹のせいで起こったなどとは、自分でも本気で思っていなかったが、しかし何かのせいにしてしまえるなら、それで自分を責めずにいられるなら、俺はそうしてしまいたかった。実際には、そんなことはできないのだけれど。
「なんで、俺達じゃないんだろ…」
ジローがポツリといったその言葉は、屋上を吹き抜ける風にのって消えていった。
まぶしい太陽が照りつける屋上の、灰色のコンクリートには、俺達の影がくっきりと焼きついて、閑散とした空間には、風の音と校庭の声と、テニスコートの歓声が響いていて。いつもと変わらない風景のはずなのに、この感じは何だろう。
「寒くなったなぁ」
「うん…」
心臓に、じわりと感じる空虚感。あの夏の日に、すべてが終わってしまったあの時に感じた感覚に似ているような気がしたが、全然違う気もした。
「あのね、侑ちゃん。俺、一人で考えてみたんだけど」
ジローが、前方を見つめたまま言った。
「うん?」
「俺さ、あれはやっぱり景ちゃんなんじゃないかって思うんだ」
影の中で、太陽の逆行になったジローの顔は、よく見えなかった。
「なぜそう思うんや?」
「俺にも、よくわかんないんだけどさ。なんとなく」
「なんやそれ」
「うん。たいした根拠があるわけじゃないんだ。あのね、景ちゃんはね、辛いことがあったり、苦しいことがあったりすると、逆になんにも言わないんだ。そして背筋をぴっと伸ばして、絶対にそれから逃げないんだ。困ったことがあるとね、やっぱり何にも言わなくてね、その黒子のある右眼をすっと細めて少し笑って、俺の頭をくしゃくしゃと撫でるだけなんだ。あの時、病院での亮ちゃん、なんか、景ちゃんみたいだった」
「でもジロー。ジローの言うとおりやったら、宍戸だって当然知ってるはずじゃ」
「うん。だから、絶対とか言い切れないし、もしかしたら乾さんの言うみたいに、亮ちゃんが景ちゃんみたいに振舞ってるだけなのかも知れないけど。だから、これは俺の直感」
そういうと、ジローは振り向いて笑った。その表情は逆光で、相変わらずよく見えなかったけれど、ジローがどんな顔で笑っているのか、俺には想像がついたから、俺は黙ってジローの頭を抱えた。腕の中でくすぐったそうに笑ったジローは、俺の背中に腕を回して、温もりを確認するように俺の胸に額をこすりつけた。
不安定な気持ちの時に、人の温かさというのはどうしてこうも安心するのだろうと、ふと思った。


「ね、侑ちゃんは、泣いたことある?」
「なんや急に」
しばらくして、急にジローが顔を上げて、思わぬことを聞いてきた。急にこういうことを平気で質問してくるから、ジローは油断ならない。
「ねえ、答えてよ」
「んー…、なくはないけど…」
「どういう時?ねぇねぇ」
「そうやなぁ、やっぱ感動的な映画を見たときとか」
「それ意外では?」
「あとは…、昔やけど、飼っていた猫が死んだときは泣いたなぁ」
「そっか…」
ジローは一人で納得して、また頭を下げてしまった。俺は、そろそろジローを抱いたままで腕がしびれていたので、ジローの顔をうかがうようにして肩に手を置き、少し間をとってジローに聞いてみた。
「なんでそんなこと聞くん?」
ジローは俺から離れて、すくっと立ったかと思うと、屋上のフェンスの方まで歩いていった。俺も後を追う。
「ジロー?」
ジローは、フェンスにひじを預けて、眼下に広がるグラウンドを見下ろしながら言った。
「人って、自分の為に泣くんだって」
「え?」
「涙は自分の為に流すものなんだって、景ちゃんが言ったんだ」
「跡部が?」
作品名:四日間の奇蹟 作家名:310号