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四日間の奇蹟

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~ Four day ~






考え事をする時、俺は決まって、誰もいない屋上に足を運ぶ傾向があるらしかった。今まで放課後は部活の練習で自然とテニスコートに向かうのが当たり前になっていたので、自分のその癖を自覚したのもつい最近だ。
夕方の屋上は、昼間とは打って変わって冷たい風が吹き、少し肌寒かった。西の空は茜色に染まり、巨大な赤い太陽がまぶしい光を放っている。その周りには黒い大きな雲が浮かんでいて、俺は昨日の昼間ジローと話した白い虹の事を思い出した。あの時も、確かこんな空だったように思う。ジローはこんな風景を夢に見たのだろうか。だとしたら、さぞ不気味な夢だったのではと思う。白い虹は不幸を呼ぶ。頭の中に、そのことが自然と浮かんでくるが、そのことがなくても、赤と黒との光のコントラストは、ぞっとするほど綺麗で、そしてなんだか落ち着かない、この世の終わりを思わせるかのような色だった。

ふとテニスコート側のフェンスの方に、人影があるのに気が付いた。
近寄ってみると、制服姿の短髪に俺よりは低い身長。それは宍戸、すなわち跡部だった。
「なんや、こんなとこにおったんかい」
「忍足か」
跡部は俺を見ずに、じっとテニスコートを見下ろして言った。
「何してるん?」
「ああ……、もうコートを見るのも最後かもしれねぇと思ったら、足が自然にこっちに向いてな」
「そんな縁起でもないこと、言わんといてな。それとも、予感でもするんか?」
「いや、相変わらず、今日が終わったらどうなるかなんてわかんねぇよ。ただ、やっぱり見ておきたかったんだ。悔いがねぇようにな」
「そっか……」
俺は跡部の隣に並んで、同じようにテニスコートを見下ろした。もう部活が終わってしまったのだろう。そこにはもう人影はなく、ネットを張られたコートだけが、がらんとそこにあった。
「お前こそ、どうしたんだ」
跡部は、横目で俺を見て言った。
「ん……、考え事」
「そうか……」
跡部は、それ以上何も聞かなかった。
じっとテニスコートを見つめ、黙っている。
屋上の風はやや強く、ベストを来ていない跡部のネクタイは風に吹かれてパタパタと音をたてた。
「そんな格好で、寒くないんか?」
俺は、風になぶられてはためく髪を押さえながら言った。
「宍戸のやつ、ベストをどっかにしまい込みやがったみたいで、みつからねぇんだよ。しかたねぇから着ないで来た」
しょうがねぇやつ、そう言って跡部は柔和に目を細めた。その先には、真っ赤に染まる夕空がある。
俺は、跡部が他人に対してこのような目を向ける人物を、一人しか知らない。それは言うまでもなく、宍戸なのだった。普段は顔を合わせると喧嘩ばかりして、売り言葉に買い言葉、にらみ合って、仕舞いにはこっちが仲裁する気も失せる様な有様なので、今でも意外だと思うのだが、宍戸が跡部を常に追いかけていたというのは皆周知の事実で、跡部ももちろんそれは承知していたから、きっと自分と同じところを目指してがむしゃらにつっかかってくる宍戸のことを、内心は認めていたのだと思う。それを言うと、日吉なども跡部を越えることを周りに憚らずに宣言していたから、宍戸の何が特別だったかというと、それは俺達にはうかがい知れない部分で、本人達にしかわからない何かがあったのだろう。とにかく、跡部になんでもかんでも言いたいことを言って、許されていたのは宍戸くらいだ。

風が頬をなでて通り過ぎていく。目の前の夕焼けが、あの時の情景と重なって、俺は自然と思考を過去に飛ばした。思い出されたのは、あの日の宍戸とのやり取りだった。




―――試合に負けたくせに、なんでもない振りして笑ってんじゃねぇよ。




何事にもまっすぐで、曲がったことの嫌いな宍戸だったから、それが正しいと判断すれば他人にも厳しい言葉をぶつけるのが常だった。関東大会の終わった後、みんなで帰路につく途中、宍戸に言われたその言葉を、俺はその時の情景と共に今でもありありと思い浮かべることができる。赤い太陽が町並みの向こうに沈もうとしていた。雲の稜線にはくっきりと光の線が浮かんでいるが、空はまだ明るかった。夏はまだ始まったばかりだったのだ。それなのに俺達の夏は終わってしまった。そのことに、俺は妙な諦観を感じていた。今まで練習をつんできた三年間は、この日一日の為だったのかと思うと、それに見合った試合ができたといえる自信は俺にはなかった。跡部に言われたとおり、油断があった。その事を、俺はすぐに反省すべきだったのだ。しかし、油断があって負けたという事実が、逆に本気で戦えば勝てたかもしれないという都合のいい考えを俺に植え付けた。今なら正直に認めることができる。俺は、自尊心が傷つくことを恐れ、その甘えた考えに逃げたのだ。思えば、それを宍戸に見抜かれていたのだと思う。


「もっと悔しがれ。でなけりゃ、リベンジなんてできねぇんだよ」


宍戸は、短くなった髪を覆う帽子をかぶりなおして、俺を見た。


「宍戸が言うと説得力あるなぁ」
「バーカ。本気で聞けよ。いいか、団体戦じゃ負けたけど、まだ個人戦が残ってるじゃねぇか。俺今度はシングルスででるつもりだぜ」
「宍戸はいいとして、俺らは今日負けたもうからなぁ。個人戦に出られるかいうたら、絶望的やないか?」
「だから!そこで諦めんなよ。悔しいって思う気持ちを忘れたら終わりだぜ?」
「そやけどなぁ、俺お前みたいに厳しい特訓する勇気も根性もないで。髪も切りとおない」
俺は笑ってごまかそうとした。宍戸は無意識に俺の神経を刺激する言葉を投げかけてくる。俺は逃げたかったのだ。弱い自分を認めたくなかった。しかし、宍戸はそんな俺に、容赦のない言葉をぶつけた。
「お前な、逃げてばっかだと、そのうち負けても本当に何も感じなくなっちまうぞ。それでもいいのか?」

俺はその時、なんと返したらいいのか言葉が見つけられなかった。ただ、宍戸の言うことは正しいのだろうと、思考の隅で認めている自分がいた。宍戸が言うから。レギュラー落ちした身から異例の復活を遂げた宍戸の言葉だったからこそ、それは説得力をもって俺の心に響いたのだと思う。他人に厳しい彼は、自分にはもっと厳しい。宍戸のまっすぐな瞳を、眩しいものを見る思いで見ていたのだった。


思えば、宍戸のこういう所が、あの跡部にとって宍戸を特別たらしめている理由なのだろうかとも思う。跡部は宍戸の幼馴染だというから、俺よりももっと宍戸のそういう正直でまっすぐな部分や、自分に厳しい性格を間近で見てきたのだろう。
俺は、横目で隣の男を見た。彼は相変わらずテニスコートを見つめていた。俺は宍戸のまっすぐな瞳を思い出す。今なら跡部の気持ちが分かる気がした。


作品名:四日間の奇蹟 作家名:310号