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四日間の奇蹟

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~-miracle of rainbow-~






病院の屋上。雨音がサーサーと響き、冷たい空気が時々さっと吹き抜ける。小雨になった雨粒がぱらぱらと頬にかかり、走り火照った頬が序々に冷えていくのを感じた。
俺の目の前には、背を向けてじっと薄暗い空を見つめている宍戸がいる。
その背中は、全てを聞いた後で、その重い事実を背負いながらもなお気丈にまっすぐと伸びていた。
宍戸は、昨日の深夜零時、跡部の容態が急変した時とちょうど同じ時間に、意識を取り戻したという。跡部の行ったとおり、それは四日目で終わったのだ。
俺は、病院についた時の事を思い返した。




「岳人!跡部の様子はどうなんや?」
俺が急いで病院に駆けつけた時には、岳人、ジロー、樺地、鳳、日吉が既に手術室の前に集まっていた。その横のベンチには、跡部の両親だろうと思われる2人が祈るように手を合わせて座っている。
岳人は俺を見ると、分かる範囲での容態と状況を教えてくれた。その肩は小さく震えていたが、気持ちを気丈に保とうとしているようだった。
「じゃあ、今夜が山なんやな」
「うん……、手術が成功する見込みは、あんまり高くないんだって」
「そうか……」
ジローを見ると、手術室からすこし離れたベンチで、じっと床を見つめて座っていた。その横には日吉と鳳もいる。樺地は、手術室の扉から三歩手前に、じっと立っていた。俺は、彼がいつも跡部のあとを歩く時、きっかり三歩後ろを歩く姿を思い出した。
「ジロー、宍戸には連絡したんか?」
「あ、宍戸さんには、俺が連絡しました」
ジローの変わりに、横にいた鳳が応えた。
「なんて?」
「すごい驚いてましたけど、来るって言ってました。なんか、宍戸さんの様子、おかしかったです。自分だって入院していたはずなのに、どこの病院だって聞いてきて」
気が動転していたんでしょうか、そう言って鳳は心配そうに眉を寄せた。
俺とジローは、鳳の言葉にはっとして顔を見合わせた。
ちょうどその時。
「長太郎!どういうことなんだ、跡部の様子が急変で手術って」
走って俺達の所まで来たその男は、宍戸だった。息を切らし、雨に濡れたTシャツを肌に貼りつかせたまま、その男は俺達を見回した。
俺はその言葉を聞いて確信する。
跡部の意識は宍戸の体から抜けたのだ。そして、宍戸の意識は無事元通りになった。どうやら彼は、事故に遭った日から今までの記憶が無いようだった。
「宍戸、ちょっと来いや」
俺は宍戸の腕を掴んだ。
「ジロー、ちょっと屋上行って来るわ」
ジローは、俺を苦しそうに見つめると、黙って頷いた。
「おい、忍足」
宍戸は腕を俺に掴まれたまま戸惑っていたが、無言の目で促すと、黙ってついてきた。




病院の屋上は、ドアの上部に広い屋根が付いていて、俺と宍戸はその下にたった。
雨は、俺が家を出たときよりは弱まっており、黒い雲もちりじりになっていた。日が出る頃には止むだろう。夜明けまで、あと一時間もない。
「忍足。どういうことなんだ。俺はつい四時間前に目が覚めたと思ったら夜になってるし、いきなり跡部は入院して重体だっていう電話がくるし。わけわかんねぇよ」
「最後に覚えてるのは、いつの記憶なんや?」
「んー、あ、そうだ。たしか、みんなで部活の後に、港へ行ったんだった。そして空港ショーを見たんだと思う。……けど、それからの記憶がねぇ」
目が覚めたら、いきなり夜になってた。
そう言って、宍戸は心底訳がわからないという顔をした。宍戸の中では、日にちが四日も過ぎているという認識がないのだろう。
「いいか、落ち着いてききや。今から言うことは、ほんまに起こったことや。冗談やない」
宍戸は、俺の目の中に本気を認めたのか、黙って頷いた。
俺は話した。自分自身、今まで起こったことを整理するかのように。事故のこと。その事故で、宍戸と跡部が怪我を負って意識不明になったこと。跡部は、今までずっと意識不明だったこと。宍戸はその日に意識を取り戻したこと。しかし、それは跡部の意識だったこと。跡部が話した、四日たったらすべてが終わるという夢のこと。そして、昨日の零時で事故が起きてから四日目の夜を迎えたこと……。
宍戸は、俺が話している間、じっと俺を見つめながら、一言も口を挟まずに聞いていた。そして俺が全て話し終え、自分の今の状況について理解すると、呆然とした顔で薄暗い空を見つめた。
「跡部は、助かるのか……?」
「わからん。岳人が言うには、今夜が山だそうや」
「そうか……」
宍戸はそう言うと、それっきり口をつぐんだ。



あれから、ずっと屋上の屋根の下でお互い黙ったまま立ちつくしている。もう既に、東の空はぼんやりと明るい光が見え始めていた。雨がさらに弱くなる。
俺は、すっと伸びた宍戸の背中を見て思った。
宍戸は泣かないだろう。
たとえ、跡部が助からなくて死んでしまっても、それが自分をかばって怪我を負った結果だったと知っても。
跡部のように、きっとこの男も泣かないのだ。
涙は自分の為に流すものなのだから。
宍戸は、ずっとあの男のことばかり考えているに違いない。
ししど、俺が声を掛けようとした瞬間。
口笛が聞こえた。
あのメロディだった。一瞬、跡部が口笛を吹いて現れたように思ったが、しかしそれは俺の錯覚だった。
「宍戸……、その曲……」
「ああ。これ、跡部がよくピアノで弾いてた曲なんだ。題名は、もう忘れちまったけどな」
なんだかあいつらしい曲名だったような気がするが、そう言って宍戸は首を傾げた。
俺がその名を教えてやると、英雄?俺の勘違いだったか、と怒ったようにそっぽを向いた。
「あいつが、全国で優勝しないで、こんなに早くいっちまう奴だったなら、英雄なんてとんでもないぜ」
宍戸はそう言って、空を睨んだ。
その時思った。
ああ、宍戸は、跡部が弾くから、その曲が好きだったのだ。
「大丈夫や……、きっと助かるで。そして跡部は、俺達を全国につれてってくれる」
またみんな一緒にテニスが出来る。俺はそんな自分たちを空に思い浮かべた。
高校に行って、また跡部が部長になる時がきたら、今度こそ俺と岳人はD1。ダブルスペア解消の危機を乗り越え、また一緒に練習できる日々が訪れるのを、俺はいつかまだかと待ち望んでいる。
宍戸と鳳は、またペアを組むのだろうか。それならD2。きっと良いコンビネーションを見せてくれるだろう。日吉と樺地は、お互いに厳しいレギュラー争いのなかで切磋琢磨してまた力を伸ばすことだろう。シングルス3の座はどちらに輝くことか。ジローは、そのボレーの才能と共に一段と実力をつけ、きっとシングルス2の座を掴むだろう。
そして。
シングルス1は、当然あの男だ。その位置に納まるにふさわしい男は、跡部しかいない。俺達を全国に導いてくれる部長は、跡部にしか務まらないのだ。
だから。

こんな所でつまずかないで。
生きてくれ。
作品名:四日間の奇蹟 作家名:310号