四日間の奇蹟
閉じる瞳 «Ohtori + Hiyosi side»
「俺さ、あの時の事思い出すと、まだ涙出そうになるよ」
鳳は照れ笑いの様な顔をしてそう言った。
「跡部さんが、自分の体を犠牲にしてまで宍戸さんをかばってくれたってこと、あの時、今だってそうだけど、すごく感謝してる」
前を向いてそう言った鳳の顔は、窓からの夕日が反射して赤く染まっていた。
部活が終わり、部員達も皆すでに帰ってしまって、部室に残っているのは鳳と日吉だけだった。
日吉は、昼間とは打って変わって閑散とした部室の、耳鳴りを感じるほど静かな空気の中で、鳳の言葉を聞いていた。
「すごく感動だってしたんだ。あの二人、いつも喧嘩ばっかりしてたけど、やっぱり心では信頼しあってたんだなぁって」
そう言った鳳の顔は、しかし言葉とは裏腹に、苦しそうに歪んでいた。
「だけど、そう思うと同時に、跡部さんに激しく嫉妬している自分に気づいたんだ。可笑しいだろ。跡部さんは宍戸さんを守った。でも、宍戸さんを守るのは俺でありたかった。実際俺は宍戸さんを守れなかったし、宍戸さんが助かったのは跡部さんのおかげだと思うから、だから本当はすごく感謝してる。なのに……」
鳳は下を向いて手をぎゅっと握りしめた。
「苦しかったんだ。あの二人の絆みたいなものを、まざまざと見せつけられた気がして。そして、そんな風に思ってしまう自分がすごく卑怯だって。自分の醜さを思い知らされて、本当はあの場から消え去ってしまいたかった」
肩を震わせて、自分の足下を睨み付けるかのように見つめて、鳳は一気にそう言った。
日吉は、そんな鳳を見るのが辛かったが、しかし、何も言うことが出来なかった。
普段から愛想がないと言われる。心にも無いことを言って、回りと上手く折り合って生きるのは潔しとしなかった。人と接するのが苦手な訳ではない。自分の主義主張に背く行動をしなかった結果が、そんな自分を作り上げていったのだ。しかし、今までだってそれで困ったことはなかったし、これからも困ることなんてないと思っていた。もちろん、大人になって社会にでたら、社交辞令などというものを嫌でも身につけなければならないということは分かっていた。しかし、今は、まだそんなものに縛られる必要はない程自分は子供だったし、それを自覚できるくらいは大人びているつもりだった。
だが。
日吉は、目の前で苦しんでいる鳳に、どんな言葉を掛けたら良いのかわからなかった。否、言いたいことは溢れているのに、それが素直に口をついて出てこないのだ。必要以上に人と関わろうとしなかった自分が、必要な事さえも言葉に出来なくなっていた事を自覚して愕然とした。
顔を上げろ。
前を向け。
日吉は、鳳の頭にそっと手を乗せた。
苦しむな。
自分を責めるな。
お前だけが醜いんじゃない。
それははやり言葉にならず、日吉の中でぐるぐると回っていた。
鳳の頭に乗せた手が、まるで熱をもったように火照り、日吉はその手に力を込めた。
夕日に反射した窓枠がキラリと光った。
その光は日吉の目を射し、日吉は眩しくて目を閉じた。