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四日間の奇蹟

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「こんな時に悪い冗談はよせや」
「冗談じゃない。確かにこれは宍戸の体だ。しかし、中身は俺、跡部なんだよ」
目の前の男は、自分の手を広げ見つめた後、俺の方に顔を上げ、そして真剣な眼差しを俺に向けた。
冗談を言っている目ではない。
そう感じたが、しかしだからといってその事をすんなり受け入れられるほど、俺は単純ではなかった。
「そんな事いわれたって、すぐには信じられへんよ」
俺は無意識に眼鏡を直そうとして、そこに何もない事に気が付いた。眼鏡は昨日の事故で割れてしまったのだ。
宍戸(外見だけなら、それは宍戸だった)は、下を向き、しばらくじっと何か考えているようだったが、再び俺の方に向き直り、そして突然、呪文のような言葉をしゃべり始めた。
俺は面食らって、初めはただその音を聞いているだけだったが、しばらくしてそれがドイツ語だと言うことに気が付いた。
「それ……。お前、ほんまに跡部か?」
「宍戸がドイツ語なんてしゃべれるわけねーだろ」
「そうやけど……。すぐには信じられへん」
「俺だって信じられねーよ。だけど、俺は間違いなく跡部景吾なんだよ。自分の意識だけは否定できねぇんだ」
そう言って男は、前を向いた。欠陥が浮いて、拳に力を入れたのが分かる。
「そやけど、なんでそないな事に……」
「わからねぇ。昨日目が覚めたら、みんなが俺の事宍戸宍戸って言うから、初めはあいつらが冗談いってるのかと思った。自分が事故に遭ったことを思い出したのがその少し後だ。そんな状況であいつらが冗談言ってるとは思えなかった。トイレの鏡を見て呆然としたぜ。そこには宍戸が映ってたんだからな」
跡部はそう言葉を切って、自分の拳をじっと見つめた。
そしてしばらくの沈黙の後、跡部は俺を見上げて言った。
「俺は死にかけてるんだな」
俺はハッとして息を飲んだ。言葉を繋ごうと思うのに、反対に俺の口からは何もでてこない。
「そうか……、やっぱりな」
俺は、無言で肯定してしまっていたのだと、跡部のその言葉を聞いて気が付いた。
跡部は下を向いて、それからしばらく口を聞かなかった。
「跡部……」
跡部は顔を上げると、俺を見て少し笑った。
「なんだ、信じてくれたのかよ。ああ?こんな冗談みたいな話なのに」
俺は宍戸の顔で笑う目の前の男を見て、黙って頷いた。宍戸の姿をしているのに、その話し方や放つ雰囲気は確かに跡部だったからだ。
「忍足。俺はな、夢を見たんだ」
「夢?」
「ああ。全然夢っぽくなかったけどな。声が聞こえた。これは目が覚めてから四日目間続くってな。誰の声なのか、それがどういう意味なのか、そんなのは分からなかったけど、言っていることはたぶん本当なんだろうって思った。予感がするんだよ。でも、四日たったら俺はどうなるのか、宍戸は戻ってくるのか、それはわからねえんだ」
そして、跡部は窓の外を見つめて呟くように言った。
「何の意味があるんだろうな。今俺が宍戸の体で生きているって事に」
跡部はそれから、ジローが戻ってくるまで一言もしゃべらなかった。






宍戸の体に跡部の意識があるという。
病院から帰ってきて、一人で考えてみたが、なぜそのような事態になったのか、そして原因もその構造も俺には分からなかった。
跡部の意識が宍戸の中にあるなら、宍戸の意識は今一体どこにあるのだろう。跡部の体の中で、やはり体と一緒に意識を失っているのか。
それとも、自分自身の中で、眠っているだけなんだろうか。
俺は自分の部屋の窓から、夜の星空を見上げた。
跡部は、いったいどんな想いでこの夜を過ごしているのだろうか。



作品名:四日間の奇蹟 作家名:310号