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四日間の奇蹟

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閉じる瞳 «Gakuto + Jiro side»







「しっかし、本当にあの時は大変だったよなぁ。跡部なんか、留学の途中だったのに」
向日は、屋上のフェンスに背中でもたれかかり、頭上を飛んでいく飛行機を見上げながら言った。
秋も終わりの冷たい風が、閑散とした屋上を急ぎ足で通り過ぎていく。向日の長い髪がパサパサとはためいた。
「俺があの時航空ショー見に行きたいなんていわなけりゃ、あんな事にはならなかったのに」
向日は、上げていた顔を戻し、今度は屋上の地面を見つめてそう言った。
「がっくんのせいじゃないよ。それに、言い出しっぺはりょーちゃんだし」
ジローは、岳人の隣、やはりフェンスの上に両手を乗せ、眼下のテニスコートを見下ろしながら言った。部活の賑やかな音が聞こえる。
「そうは言ってもよぉ、やっぱ責任感じんじゃん」
「だったら、俺らみんなそうだよ。あの時自分が同意しなかったらってね。事故の後、何度そう思ったかわからないよ」
「俺達も辛かったけど、鳳は特に辛かったろうなぁ。あいつ、宍戸の事になると他が見えなくなるから」
「うん。でも、俺鳳の気持ち、わかるような気がしたよ」
ジローは、眼下のテニスコートでダブルスの練習試合をしている長身の後輩を目で追いながら言った。

ジローは跡部と宍戸の姿を思い浮かべた。

小さい頃からずっと三人一緒だった。ジローと跡部、そして宍戸は、いわゆる幼なじみというやつで、だから誰よりもお互いの事を分かっていた。
ジローは思う。
やはり、跡部は宍戸が特別だったのだ。
だから、自分の身も省みずに宍戸をかばった。
跡部と宍戸の、お互いを想う気持ちは、自分への気持ちとは違った方向に向いていた。もちろん、二人は自分を今までと変わらない気持ちで想ってくれていたし、ジローも同じ想いだったが、いつの間にか、跡部と宍戸を繋ぐ絆は、自分を置いて、少しずつ違うものに変化していったように思う。それがなんなのか、ジローにはもう分かっていたし理解もしていたが、同じ時間を共有してきた幼なじみが、違う方向を向いて歩きだし行ってしまう事に、取り残される寂しさを感じていた。
「お前も、あんな世話のかかる二人を幼なじみにもって、大変だよな」
「まあね!でも俺、景ちゃんとりょーちゃんが大好きだし。それもしょうがないって思ってるよ」
向日は可笑しそうに笑いながら、
「お前って、見かけによらず達観してるよな」
と言った。
「あの二人の世話を小さい頃からずっとしてきたんだから、嫌でもそうなるって」
確かに!そう言って、向日は笑った。
そして、振り向きテニスコートを見下ろして、
「まあ、あいつにも日吉がいるし。もう大丈夫だろ」
と言った。
その視線の先には、コート脇のベンチで汗を拭きながら何やら話をしている鳳と日吉がいた。練習試合は五―三で、日吉・鳳の二年生コンビが優勢らしい。相手は引退した準レギュラーの三年生だ。
「日吉も、もう部長さんだもんね」
「ああ」
早いね。
ジローはそう呟くと、過ぎてしまった三年という時間を、改めて見せつけられたような気がした。
少し前までは、その場所には俺達がいて、そして日吉の立つあの位置には跡部がいたのに。
頭上に浮かぶ雲は強い風に吹かれてあっという間に遠くへ押し流されていった。それと同じ様に、時間が流れるのはなんと早いことか。普段意識しないその日常が、けして不変なものではないのだということを、自分たちは忘れていた。
「冷えるな」
向日は、その小さな肩を抱いて言った。
「うん。もう冬になるんだ」
時とともに季節も移り変わる。自分たちが共に戦ったあの夏が過ぎ、秋がきてやがて冬へと変わる。今まで幾度となく繰り返してきたその巡りを、止めるすべはないのだと改めて感じたとき、ジローは悟った。
変わっていく自分たちを、誰も止めることはできないのだと。
ジローは、歓声が響くコートの、喜び合う後輩達(はしゃいでいるのは、一方的に鳳だったが)の顔を見た。その顔が、少し前の自分達の姿に重なり、ジローは胸から溢れてくる、たまらない想いを止めることができずに、ぎゅっと目を閉じた。







作品名:四日間の奇蹟 作家名:310号