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四日間の奇蹟

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~Second day~






跡部はあれから、ジローには完璧に宍戸亮を演じてみせた。小さい頃からの幼なじみだという。宍戸の真似をするくらい、頭のいい跡部には造作もないことだったのだろう。
あの後、夕食の時間になるまで、俺達は跡部(姿は宍戸だったが)の病室にいた。
その時間、終始跡部は冷静で、ジローの冗談に笑い、俺の話に相づちをうち、取り乱した様子はかけらも見せなかった。
跡部は強かった。理不尽で不条理な状況に追い込まれようとも、俺達には決して弱さを見せることなく、静かに現実を見つめていた。跡部の、高い気位とプライドがそうさせているのだろうと分かったが、こんな状況でそのような振る舞いができる跡部を、俺は驚きの気持ちと、そして正直不安な想いで見ていた。
一見強固で頑丈に作られた高層ビル。それは多少の風ではびくともしないが、しかし一端許容範囲外の力や揺れが加わると、呆気ないほど簡単にポッキリと折れてしまうものである。ある程度の軟度を与えた方が、力を吸収して最終的には倒れないビルになるのだ。
俺は、跡部のその強さが、逆に跡部の神経を弱らせてしまうのではないかと、正直不安だったのだ。


「ねえ侑ちゃん」
ジローが振り向いて言った。
学校が終わり、跡部と宍戸のいる病院に向かう道の途中である。
「なんや?」
「俺、昨日聞いちゃったんだけど……」
「聞いたって何が?」
俺はそう言ったが、ある予感がして次のジローの言葉を待った。
「あの時りょーちゃんの病室で、俺が飲み物買いに下にいって戻ってきた時、侑ちゃん、りょーちゃんの事、跡部って言ってたよね」
やはり。
俺は、ジュースを手に持って戻ってきたジローの、どこか俺達をさぐるような視線を感じていたのだ。たぶんそれは跡部も気づいていただろう。ジローはあの時病室のすぐ傍にいたのだ。
ジローは見かけによらず鋭い。
そのくるくると表情を変える茶色の瞳は、驚くほど現実を正確にとらえている。
「ねえ、どういうこと?」
ジローはその瞳で俺をのぞき込んできた。
俺は、なんと答えるべきか迷った。跡部は、意図があってジローには伝えなかったのだ。自分の裁量でジローに話してしまってもいいものか。
しかし、ジローのその強い眼差しを、俺は逸らすことができなかった。
ジローも不安なのだろう。幼なじみの二人が事故に巻き込まれ、一人は重傷で意識不明、一人は元気を取り戻したかと思った先の異変。一番近い間柄の友人達が、自分の手の届かない所で苦しんでいるという事実が、ジローにはたまらなく心配でならないのだ。
俺はジローのその不安を少しでも和らげたい思いで、ふわふわとしたジローの金髪頭を撫でた。
「ジロー、今から話す事、冗談とちゃうからな」
俺がそういうと、ジローは口を引き結んでこくんと頷いた。
俺は、昨日の出来事、跡部から聞いた事をジローに話した。ジローは、一言も口をはさむことなく黙って俺の言葉を聞いていた。
落ちかけた太陽の作る、俺達の長い影が歩く道に伸び、その先に逆光になっている病院の建物が見え始めた。
話を聞き終わったジローは、やはり黙って足下を見つめていたが、やがて顔を上げて俺を見た。
「きっと、景ちゃんは、俺に言わなかったんじゃなくて、言えなかったんだね」
きっと景ちゃん思ってるよ。自分のせいで、りょーちゃんの意識が追い出されちゃったんだって。
ジローはそう言って前を見つめた。
「幼なじみの俺にとっては、景ちゃんもりょーちゃんも特別で、きっと景ちゃんも同じ気持ちだったから、よけい俺にはそのこと言えなかったんだと思う」
淡々と言うジローの横顔はとても悲しそうに見えた。きっと、ジローは跡部に、自分に一番にうち明けて欲しかったのだ。しかし、幼なじみだから、一番近い存在だったから、跡部のその気持ちも痛いくらいわかったに違いない。
ジローは、やはり世界をその真っ直ぐで曇りのない瞳で見ている。
「跡部に会ったら、どうするつもりや。自分が知ってるってこと、うち明けるんか?」
「ううん。景ちゃんに、よけいな不安を与えたくないから、黙ってる」
景ちゃん鋭いから、そんなことしても無駄かもしれないけどね、ジローはそう言いながら笑った。
その笑い顔は、まるで泣いているかのような笑顔だった。
俺はたまらなくなってジローの頭を抱えた。
俺の目線の先には、朱色の空に浮かぶ雲の稜線が光っていて、鮮やかに赤く輝く太陽の光線が俺の目に焼き付ついた。
俺は下を向く。
そこには立ち止まって俺の胸に顔を俯せるジローのふわふわした黄色い頭があり、その触れている部分が、とても温かかった。
「侑ちゃん、そんなやさしくされると、俺またキスするよ」
ジローは俺を見上げて言った。
俺がぎょっとして腕を放すと、
「冗談だって。侑ちゃんて、すごく頭いいのに、俺の冗談には引っかかってくれるよね」
それも計算?
そう言ってジローはカラカラと笑った。
俺はふっとため息を吐いて、
「ジローにはかなわんわ」
と言った。
ジローはもう一度、ふふっと笑うと先にたって歩き出した。
その小さな背中に呟く。


そんな顔して笑うな。


その言葉は冷たい風にかき消され、俺の耳にも届かなかった。






「りょーちゃん!調子どう?」
ジローは勢いよく扉を開けて部屋の中に身を乗り出したが、次には眉を寄せて俺を振り向いた。
「景ちゃん、いないみたい」
「いない?」
俺がジローの頭越しに部屋の中をのぞき込むと、そこは綺麗に整えられていて、人が入っている気配はさっぱり消えていた。
扉の脇にあった、宍戸亮様と書かれたプレートも無くなっている。
「退院しちゃったのかな」
「そうやなあ。もう十分元気やったからな」
「そうだよね。よかった」
ジローは主のいなくなった病室の窓をじっと見つめていた。そこからは、やはり見晴らしのいい街の風景が影に染まって広がっていた。
「跡部の病室いってみるか?その、本体の方の」
重傷の跡部は、このフロアの一つ上の集中治療室に入院しているのだ。
「うん」
部屋から出てきたジローは、病室の扉を閉め、俺の隣に並んで歩き出した。
夕方の病院は、夕食の時間が近いせいかか何人もの看護士達が忙しなく早足で通り過ぎていき、どこか落ち着かない、浮ついた雰囲気をかもしだしていた。
エレベータホールの窓からは、都立病院の広い駐車場が見渡せ、そこはもう夜も近いというのに様々な車種の車がひしめき合い、夕日に照らされて皆一様にキラキラと光っていた。

「ちょっと君」
エレベータを避けて、階段を上ろうとしたときだった。突然後ろから男の声で呼び止められ、俺達はそろって振り向いた。
そこには、白衣を着た長身の男が立っていた。
短く刈った髪、大きな眼鏡、きりっとした理知的な眉、すっと通った高い鼻。俺はその顔に見覚えがあった。
「やっぱり。侑士君じゃないか」
「乾さん!」
作品名:四日間の奇蹟 作家名:310号