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四日間の奇蹟

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その人は、以前父の病院に勤めていた医師、乾だった。




「この病院にいたんですか」
「ああ、君のお父さんの所にお世話になった後で、こっちに転勤になってね」
乾は、そう言って紙コップのコーヒーを啜った。
乾は、三年前まで父の大学病院で脳外科の医師として働いていた。
乾が大学生だった当時、父の研究室の学生だった彼は、よく家に来ては俺の相手をしてくれたものだ。
その時、俺はまだ小学生だった。
物静かで穏やかな彼は、俺にいろいろな話をしてくれて、その話はまだ小さかった俺にとってとても魅力的だった。
医者になりたいという思いを、漠然と抱き始めたのも、父の影響、というのもあるかもしれないが、大きな要因は乾だったろうと思う。
そんな彼は、俺が中学に上がる前に東京の病院に転勤が決まったといって、俺の住む町を引っ越していった。
俺の家にも来なくなった。
当時の俺は、広い部屋に一人取り残されたような気分を味わって、転勤を決めた父が(父は院長だったから、決めたというよりは認めたというのが正しかったが)ずいぶん恨めしかったものだ。


「すいぶん大きくなったもんだねぇ」
乾は俺をまじまじと見て言った。
「乾さんが俺を最後に見たのって、三年前じゃないですか。そら背だって伸びますわ」
「そうか、もう三年もたつのか」
懐かしそうにそう言って笑う乾の顔は、しかしあの時から変わってなくて、俺はほっとしたような気持ちになった。
「侑ちゃん」
ジローが俺のシャツの裾をひっぱった。
そうだった。ジローの紹介を忘れていた。
「こっち、俺の友達で、芥川ジローいいます」
ジローは人見知りしているのか、はにかんだ笑顔を浮かべてぺこりとお辞儀をした。
「よろしく。芥川君」
乾は、その落ち着いた、聞く者を安心させる低い声でそう言った。
ジローの顔から緊張が取れる。
「しかし、どうして君たちがここにいるのかい?怪我をしているようには見えないが」
乾が不思議そうに言った。
俺は、事故に巻き込まれたこと、それで友達が入院していることを乾に話した。
「そうか……。それは大変だったね」
乾は、ロビーの黒い皮のソファーに背を預けると、コーヒーカップを両手で包んだ。
「頭か……。たしかに、脳の損傷は生き物にとって命取りだからね。心配だね、その友達のこと」
「やっぱり、三日も目覚めないいう状況は、危ないってことなんでしょうか」
「うーん、そう一慨には言えないけど……」
そう言って乾は俺達を見た。
「脳の機能が一時的に停止しているだけとも考えられるからね。脳が休んでいるんだ」
「そういうことがあるんですか……」
「うん。ずっと意識不明だった患者が、ある日目覚めてから、後遺症もなく元気に暮らしている例も、僕はいくつか知っているしね」
ただ、やっぱり楽観はできない―乾は最後にそう付け足した。
俺は乾の言ったことを頭の中で反芻し考え込んでいた。
脳の機能が停止しているだけなら、跡部は助かるのだろうか……。しかし、俺は跡部の詳しい怪我の状況を狭い範囲でしか知らされていない。それでは判断の付けようがない。
俺がふうっとため息を付くと、ふいに横のジローが俺の肩をつついた。
「ねえ侑ちゃん。この人に、りょーちゃんと景ちゃんのこと相談してみたら」
ジローは俺だけに聞こえる小さな声でそう言った。
「乾さんに?あのこと言うんか?」
「うん。その人になら、言ってもいいんじゃないかと思うんだけど」
確かに乾になら、跡部と宍戸の間に起こった奇妙な出来事を話しても、頭ごなしに否定することはないだろう。親身になって相談に乗ってくれるにちがいない。
「俺達だけで考えたって、らちがあかないでしょ?」
「そらそうやけど……」
俺は戸惑った。久しぶりに会ったばかりの人に、この非常識な話を打ち明けるのは気が引けた。いくら乾でも、アドバイスのしようがないのではないか。それは、ただ乾を困らせるだけのような気がして、俺はなかなか言い出せなかった。
「どうしたんだい?」
乾が首を傾げて笑いかける。その瞳は、大きな分厚い眼鏡に遮られて、見ることができないというのに、乾の笑顔はなぜか見るものをリラックスさせた。
ジローが俺の脇腹を肘でつついたのと、乾のおかげで塞ぐ気持ちが少しずつ軽くなっていったのとで、俺はようやくその話を打ち明ける決心をした。
「実は、相談があるんですけど……」
「なんだい?」
すぐには信じられへん話だと思います。そう前置きして、俺は跡部と宍戸に起こった事を話した。昨日ジローに説明していたので、俺はよどみなく乾に状況を説明することができた。
黙って俺の話を聞いていた乾は、俺が話し終わると、腕を組んで考え込んでいた。しばらくして、乾は俺達を見た。
「その話を信じるとして。もちろん非常に珍しいケースだとは思うけどね。それで君たちは、それがどういう事態が起こっていると解釈しているんだい?」
「え?だから、りょーちゃんの意識と、景ちゃんの意識が入れ替わっちゃってるっていうんじゃないのかなぁ」
それか、りょーちゃんの体に景ちゃんの意識が入ってて、りょーちゃんの意識は眠ってるだけとか。ジローは天井を見上げて、眉根を寄せた。
「うーん……、そうか。そういう考えが、一番素直な解釈だろうとは思うよ」
しかし。そう言って乾は両手を組み交わし俺達の方に体を向けた。
「僕は脳が専門の医者だからね。どうしても違った解釈をしてしまうんだ。もちろん、これから僕が話すことは信じてくれなくてもいい。僕は、その跡部君と宍戸君の事は知らないから、どうしても想像の粋を越えた話はできないし、僕自身もまだ脳の事を完全に理解出来ているわけじゃない。脳医学は現代においてもまだまだ未知の学問なんだ」
「それでもかまいません」
俺がそう言うと、乾は頷いて話し出した。
「二重人格という言葉を知っているかい?」
「はい……」
俺は突然乾の口からでた言葉に驚いた。
「二重人格はね、一人の人の意識の中に、別の人格の意識が形成されていく症状で、ようは一種の脳の病気の一つなんだ。これは、普通だったら、外部からもたらされる苦痛から自己を守る為に、自分の意識から逃げ出し、もう一つの人格に体をまかせるというサイクルで事が起こっていく。しだいにそれが頻繁に起こるようになってくると、そのもう一つの人格がだんだん安定性を獲得するようになるんだ。この人格が二つ以上形成されるものを、多重人格症という。ここまではいいね」
「はい」
「それじゃあ、跡部君と宍戸君のケースでいうと、この話は当てはまりそうかい?」
俺は考えた。宍戸が、苦痛から逃げようとして跡部の人格を作り出した?それは、あの二人に関しては当てはまらないような気がした。
「いいえ。それは違うと思います」
「そうだね。話を聞いてみると、この二人は仲が良かったそうだから。それでは別の仮説を立ててみないとしっくりこないね」
俺とジローは揃って頷いた。
作品名:四日間の奇蹟 作家名:310号