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四日間の奇蹟

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「僕は、君たちの話を聞いてこういう仮説を立てたんだ。宍戸君は、日頃から跡部君に非常に執着心を持っていた。それは、憧れとか、尊敬とか、そういった類の気持ちだ。普段生活する中で、宍戸君は常に跡部君を意識して、彼ならこういうときどうするだろうかとか、彼ならきっとこんなことしないだろうとか、そういう自問自答を繰り返してきた。そんな毎日を送り、やがて宍戸君の中で跡部君の事が大きく占めるようになった。それが、今回の事態が起きる土台だ。そしてきっかけは何かというと、言うまでもない。あの墜落事故だね。その事故で大きなショックと緊張を強いられた宍戸君は、意識を失い、同時に跡部君の人格が形になって表に現れた……。多重人格症に置いては、交代人格が主人格の欠点を補うような特質を備える事は珍しくないからね。宍戸君がドイツ語をしゃべったというのも、これで説明がつくんじゃないかと思う。彼は、目が覚めてからドイツ語のテレビか本を読んだんじゃないだろうか。もちろん、これは僕のただの仮説だから、信じる信じないは君たちの自由だ」
乾はそう言葉を切ると、じっと俺達を見つめた。
俺は、信じられないとう思いで乾の話を聞いていた。もちろん、跡部と宍戸の意識が入れ替わったというジローが言ったような事だって、嘘みたいな話だし、それに比べれば乾の仮説は医学上説明がついている。
それにしても。
本当にそんな事が起こったのだろうか。
俺は未だ判断ができずにいた。たぶんジローも同じ気持ちだろう、黙って床を見つめ考え込んでいる。
乾を見ると、彼は困ったようにわずかに笑って肩をすくめた。それを見て、乾も自分の仮説に自信がないのだと分かった。
俺達が終始黙って考え込んでいるので、乾は立ち上がって空になった紙コップをくずかごに捨てると、こちらを見ていった。
「僕も、自分で言っておいてこの仮説が正解だとは言い切れない。だから君たちが信じられないというのも無理はないよ。僕から言えることは、ゆっくり様子を見て、観察していくしかないということだ。僕も調べてみるよ。気を落とさないでね」
そうして乾は、俺の肩をぽんぽんと叩き、エレベータに乗って自分の研究室に帰っていった。


「侑ちゃん……」
「ああ……。俺まだ頭の中こんがらがってるわ」
「俺も。りょーちゃんがそんなこと考えてたなんて、ちょっと信じられないよ」
俺は宍戸の、意思の強そうな瞳を思い浮かべた。
「俺にも信じられへん。まあ、宍戸が、跡部のことずっと意識してたゆうのは、わかる気がしたけどな」
「うん……。りょーちゃん、景ちゃんのことずっと追いかけてたからね。目標だったんじゃないかな」
そう、宍戸は常に跡部に対抗意識を燃やしていたのだ。部活の時間になると、なんとか跡部と試合をしようとやっきになっていた。部長である跡部は、その試合を認めようとはしなかったが。
そうは言っても、俺は宍戸が乾の言ったような考え方をするとは思えなかった。
「ジロー、俺達も、跡部の病室行って、帰ろか。もう夜になってまうで」
「うん……」
ジローは遠くの方を見つめたまま頷いた。
結局、乾に相談したものの、真実は闇のなかだ。
俺は、自分を落ち着かせる為に大きく息を吐いた。




俺達はエレベータを使わず、その横の階段を上がっていった。
階段を登りきり、クロスに交差した廊下を左に折れると、その一番奥が跡部の入院している集中治療室だった。
正面にある窓から、赤い光が漏れていて、暗い廊下の床に反射している。
「あ」
ジローが声をあげた。
俺はジローが見つめている視線の先をたどる。
そこには、窓の光の中に浮かぶ黒いシルエットがあった。
跡部だった。
宍戸の姿をした跡部は、昨日の入院服とは違い長袖のTシャツとジーパンという姿で、手には大きなボストンバックを持っている。
太陽の光が反射するリノリウムの廊下に一人立った跡部は、じっと集中治療室の中を見つめているようだった。
「りょーちゃん」
ジローの声で俺達に気が付いた跡部は、振り向くと、
「よお」
と言った。
ジローは跡部に駆け寄る。
「りょーちゃん、退院したんだね」
「ああ。あんまり退屈だったから、もう退院したいって言ったら、すんなりOKがでたぜ」
「そっか。よかったね」
ジローは、そう言ってから目の前にある窓の中を見た。
集中治療室は、中の患者の様子や、異変をすぐに認める事ができるように、病室に大きな窓がしつらえてあり、廊下からでも中の様子が見えるようになっていた。
ジローの隣に立って一緒にその中を覗くと、意外に広い病室の中に一台のベッドがあり、そこには跡部の体が静かに横たわっていた。
その体からは、様々な計器のコードが伸び、窓越しからでも伺える彼の額の白さがさらにその病室の異様な空気を増長させている。
瞳は以前閉じられたまま、その長いまつげの作る影だけがくっきりと白い頬に映えていた。
「跡部の容態はどうなんだ」
宍戸の声でそう言った跡部は、じっと自分の姿を見つめていた。
俺は、答えようとしないジローの変わりに、跡部の両親から聞いた話を、できるだけ刺激を与えないようにかいつまんで話した。
「だから、体自身の怪我は軽いもんやけど、頭、脳の一部の働きが停止しているのが原因で未だに目が覚めないらしいんや」
俺の話を黙って聞いていた跡部は、そうか、と頷いてまた視線を病室へ戻した。
その横顔を、俺はじっと見つめた。この男が、本当は宍戸なのか、それとも跡部なのか、俺には判断がつけられなかった。
「りょーちゃん、景ちゃんはきっと大丈夫だよ。また元気にテニスできるようになるよ」
ジローが跡部の手をぎゅっと握って言った。
ああ、その言葉が現実になったら、どんなに良いことだろう。
だがしかし、脳は扱いが難しい機関だった。その仕組みは、乾が言ったように、現代の医学を持ってしてでも完全に解明されていない。跡部の脳が、今どんな状況にあるかは分からなかったが、もし一部の脳の細胞が死んでしまっているとしたら。俺は、一度死滅してしまった脳細胞は、二度と復活しない事を知っていた。脳が死ぬということは、すなわち人が死ぬということだ。
たぶん、それは目の前の男も承知している事だろう。
ジローの言ったように、跡部がまた元気にテニスができるようになることを俺も望んでいるのに、頭のなかにはそれと一緒によけいなものまで浮かんできて、俺の中でぐるぐると回っているのだった。
跡部は、一体どんな思いで俺の話を聞いていたのだろう。
目の前の男は、黙って前を見つめていた。その背筋は、跡部がいつもそうだったようにぴんと伸び、横顔からは跡部の心情を伺うことはできなかった。
「あ、もうこんな時間かよ」
腕時計に目を落とし、跡部は、そろそろ帰るか、と言った。
「そうやな」
ここにこれ以上留まっているのは、俺も辛かった。
「元気だしてね、りょーちゃん」
ジローは眉を下げて跡部を見つめた。
跡部は、少し笑ってジローの頭をくしゃくしゃと撫でるだけだった。
作品名:四日間の奇蹟 作家名:310号