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隠す涙

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一人呟くと、改めて岳人の部屋を見回した。



部屋は意外と片付いていた。
きっとあの母親が片づけたのだろう、本棚の漫画も、
いつもはもっとバラバラに押し込まれているという感じなのだが、
今日はぴしっと揃えられている。
フローリングの床も、モップがかけられているのだろうか、
窓からの光が反射して眩しいくらいだ。
大きな窓のサッシが、キラリと光った。


俺が来るということを、前もって母親に言っていたのだろうか。
本棚のラインナップを見ながら、ぼんやりとそう思った。


ふと、岳人の机に視線を移すと、見慣れない写真立てが目についた。
手に取って眺めると、あの夏の大会の写真だった。
大会が終わった後、全員そろって撮った集合写真。
太陽の作る影が長くなった夕方の、黄色い空気が感じられる。


あの熱い夏の日の記憶が俺の中に蘇った。


白い白い太陽と、その陽光が作る影の強烈なコントラスト。

大きな、力強い声援と歓声。

コートに立つ時に感じた、心地よい緊張感。

目の前に広がる、綺麗なグリーンと、折り目正しく引かれた白いライン。

目を閉じると、小気味良いインパクト音が聞こえてくるかのようだった。

あの夏の日、確かに俺達は全員が同じ気持ちであの舞台に立ち、
みんなが同じ気持ちを味わった。
高揚感、一体感、そして悔しさ、満足感、未来への希望……。



写真中央に写った跡部は、いつもと変わらない不敵な笑みを浮かべていた。
氷帝200人の期待を背負い、その想像を絶するプレッシャーの中で、
跡部景吾はすくっと地に足をつけて立っていた。
あの長い長いタイブレークの中、誰もが跡部と手塚の試合に見入り、
いつまでもこの二人の姿を見ていたいと思ったあの緊迫しつつも静謐な空気を、
そして跡部が手塚の手を掲げたあの瞬間を、
俺はいつまでも忘れないだろうと、あの時思ったのだった。
そんな跡部は、今フランスに留学中だ。
次に会うのはいつになるだろうか。


跡部の右隣には、ジローがめずらしく起きている瞳をして、にっと笑っている。
ジローは、負けてしまったけれど、その笑顔はとても満足そうだった。
もとより、勝つとか、負けるとか、そんな概念は二の次で、
ジローは純粋にテニスを楽しんでいた。
あの生き生きとコートを駆け回るジローの姿が、しばらく見られないと思うと、
俺はなんだか淋しい気持ちになる。


跡部の左隣には、宍戸と鳳が写っていた。
宍戸は鳳の肩に手を置き、穏やかな顔で笑っている。
その隣で、鳳は泣きはらした目を向けて、やはり笑っていた。
彼らは、本当に悔しい思いをしたのだろう。
試合には勝ったが、これからもお互い一緒に特訓の成果を出していこうと
歩きだしたところだったのに、それは叶わなくなってしまった。
鳳の、射るような、真っ直ぐ過ぎるスカッドサーブは、
俺達の敗北を断ち切るように、緑の芝生に突き刺さった。
宍戸の、力強いライジングショットは、特訓の成果を伺わせるような、
綺麗なカーブを描いて相手のコートに落ちていった。
一瞬太陽と同化して、消えたように見えたのが印象的だった。


一番端、その2人の横では、樺地がいつもと変わらない、優しい瞳をして写っていた。
その瞳は、どんな想いで跡部の試合を見ていたのだろう。
寡黙な彼は、自分の気持ちを口にすることは無いけれど、
その優しい瞳はいつも部員達を見守っていた。
そして、自分の手が駄目になるまで打ち続けたその真っ直ぐな純粋さが、
確かにあの跡部を支えていたのだった。


その樺地の反対側の一番端には、監督と滝が写っていた。
監督はいつもの無表情。
冷静な眼差しと、その有無を言わせない絶対的な厳しさを思い出す。
しかし、もう監督に怒られることもないのだと思うと、
もう少し無茶をしても良かったなと思った。

滝は、特有のあの柔らかい笑顔を向け、すこし首を傾げ気味に写っていた。
宍戸にレギュラーの座を譲ってから、滝はレギュラーみんなのサポートに回ってくれた。
自分の練習も人並みにこなさなければならないのに、なぜそんな事が出来るのだろう
と思ったものだ。
優しい微笑を浮かべながら、宍戸にタオルを渡す滝を見て、
俺はこんな滝を心から尊敬できると思ったのだった。


滝の隣には俺が写っている。
メガネが夕日に反射して、表情が分からない。
実際、俺は自分があの時どんな顔をしていたのか思い出せなかった。
いつもと同じように、作ったような笑みを浮かべて、笑っていたのだろうか。


その隣には、俺の相方と日吉が写っている。
泣きはらした赤い目をした日吉が、うつむき加減でじっとこっちを見ていた。
意外だった。あの普段冷静な日吉が、試合に負けて泣いた。
この後輩は、こういう時に涙を流す人だったのだと、改めて日吉という人となりを
知った気がして、俺も胸が熱くなるのを感じた。
目を閉じると、あの日吉独特のテニスフォームが思い出される。
今では、部長として、跡部の穴を埋めようと必死になって鳳と一緒にがんばっていることだろう。
がんばれ、俺は心の中でひっそりとエールを送った。

その横で、日吉を支えるようにして写っている岳人は、
せいせいとした顔で笑っていた。
泣いてしまった日吉をかばうように、日吉の肩に手を置いて。
日吉が負け、氷帝の敗北が決まったとき、
実は岳人が一番に泣くだろうと思った。
感情の起伏が人一倍激しい。
気持ちをセーブすることをしない相方は、
だから時に俺や宍戸を煩わせたが、
感情を素直に表すことができるという事は、
岳人の良いところでもあった。




俺は、岳人の、そのせいせいとした笑顔を思い出した。





「負けちゃったな」


岳人は、俺の横に座りながら言った。
大会後の軽いミーティングが終り、
現地解散の指示が出され、
俺は自分の荷物をまとめていた。

「なんや、結構元気やん」

すでにきちんと仕舞われたテニスバックを肩にかけて、
さっぱりとした顔をしている相方を見て、
俺は意外な思いで言った。

「落ち込んでるとおもっとったんやけどなあ」

「侑士こそどうなんだよ。まあお前は、いつもそんな感じだよな」

侑士が悔し泣きしてるとこなんて想像できねー、と、
岳人は可笑しそうに笑った。
そして、ふっと視線を前に向けると、つぶやくように言った。

「悔しいよ」

涼しくなり始めた風が、岳人の頬を撫でて、髪を揺らす。

「でもさ、そういう気持ちをバネにして、また次頑張ればいいんじゃねぇ?」

そう言って笑った顔は、とても明るく、せいせいとしていた。
ベンチに置いた、小さな白い手は、静かに震えていたけれど、
次を見据えて前を向く岳人の、俺より小さいはずのその背中は、
とても大きく見えたのだった。







ガチャ、ドアが開く音が聞こえた。

岳人かと思って振り向くと、岳人のおばさんだった。
そういえば、まだ岳人が出ていってから10分たらずしか
たっていない。


「あら、岳人は?」

「ああ、練習で汗かいたって言って、風呂行きましたけど」

「まったくあの子は、友達ほっておいて……。
本当にごめんなさいね。落ち着きのない子で」

そういって苦笑いする。
作品名:隠す涙 作家名:310号