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ラブレター2

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Prisoner −虜囚−






 追い駆けても追い駆けても、捕まえることができない。まるで雲を捕まえるようにその距離は途方もなく遠くて。
 独りよがりに強がってたあの頃よりは、少しだけ近付いたような気がしたけれど、それも錯覚だったのかと思い知る瞬間がある。込み上げる苛立ち、焦燥。けれど切なさと痛みを超えた処にある愛しさを、どうしても捨てることができないから、どれだけみっともなくても足掻き続ける。
 眼を凝らして。
 手を伸ばして。
 微かな息遣いも見逃さないように。
 まほろばの闇に惑う。





 忍足が倒れた。
 部活が始まる直前、宍戸づてで耳にしたその情報に、一瞬眼の前が暗くなる。くらり、と眩暈にも似た感覚を催しながらも、それと悟られないよう表情を抑えることは殊のほか難しく感じられた。けれどその努力のお陰か、宍戸は特に何かに気付いた素振りもなく、単に報告といっただけの内容を告げるだけで自分の持ち場に帰って行くのを見送りながら、内心の動揺を溜息で紛らわせ息を吐く。
 忍足が倒れた。
 その事実がこんなにも自分に揺さぶりをかける。ふらりと無意識に保健室へと向かおうとしている自分に気付いて、諌めるように足を止め拳を握り締めた。
 睡眠不足と疲労。最近の忍足は確かにいつ倒れてもおかしくないほどの練習量を自分に課していたことを知っている。あれでは早晩、潰れてしまうのも時間の問題だと気付いていたが、いい加減にしろ、と止めることは出来なかったのだ。あの、自暴自棄とも思える行動の原因が自分にあるのだと薄々感じていながら、どの面下げて止めろなどと云えるというのか。すぐ眼の前にあるものに手を差し伸べることもできないくせに。
 跡部は忍足がいる方向を振り返りながら、もう限界が近いていることを、どこかで感じ取っていた。
 



 眼を開けると、見慣れない天井が映り込む。
 染みのない真っ白な天井は記憶にない光景で、自分がどこにいるのかわからなくて戸惑っていると、視界の右側から知った顔が覗いてきた。
「侑士、大丈夫かよ」
「…………岳人」
 起き上がろうとすると岳人が慌ててベッドに押し付けてくる。少々怒った顔で窘めるその表情は、心配の裏返しだと見て取れたので、忍足は大人しく云うことに従った。
「睡眠不足と疲労からくる貧血だってさ」
 倒れた時は血の気が引いて真っ青だった顔色も、多少なりとも睡眠を取ったせいか僅かに回復しているように見えたので、岳人はほっと息を吐きながらベッド脇に置いてある椅子に座り直す。
「すまんなガックン、心配かけてもうて」
 疲れが色濃く浮き出ている顔で、それでも気を使う相棒に岳人は泣きそうになった。
「バカッ、オレは侑士の相棒なんから変な気使うなよ!それに謝るのはおれの方だろ」
 忍足は岳人の言葉に少しだけ笑みを溢すと、腕を伸ばして岳人の頭を軽く撫でる。
「岳人はええこやなあ」
 その手がとても暖かくて、岳人は緩みそうになる目元を堪えるように固く口を結んで俯いた。
「……心配、したんだからな」
「ん、ありがとおな」
 その忍足の声が切ないほど優しくて静かだったから、岳人は無性に哀しい気持ちになる。
(……なんでっ)
「なんで侑士がこんなになるまで頑張る必要があるんだよ!跡部、ちっとも判ってないじゃん。お前の気持ち知ってて、でも何も云ってこないなんて凄くずるいっ。そんなのって卑怯だろ。跡部に侑士がそこまで想う価値なんてどこにもねえよ!」
 今まで溜め込んでいた感情を迸らせて吐き出す岳人を忍足は静かに眺め、岳人の頭に置いていた手を再び宥めるように滑らせた。
「……ちゃうねん」
「え……」
 思わぬ否定の言葉に、岳人は俯いていた顔を上げ忍足を見る。忍足は顔を正面に向け、どこか遠い眼差しでうわ言のように呟いていた。きっと、その漆黒の向かう先には跡部の姿があるのだろう。そういう表情をしている。
「跡部は悪ないねん」
「でも侑士が必死にテニスしてんのは跡部のためだろ。跡部を全国に行かせたいからなんだろ」
「……そんなんちゃう。そんな綺麗なもんと違うねん。いや、最初は自分でもそう思っとった。けど、その内全然違ういうことに気付いたんや。……跡部のためなんかやない。全部、全部自分のためやってん…………」
 岳人を撫でていた手を下ろし、忍足は何も見たくないとでもいうようにその手で目を覆った。
「子供の独占欲と同じや。あれが俺以外のものに眼を向けてるのが厭やねん。あいつが見るんも触れるんも固執するのも全部俺やないと気がすまん。他の誰かのこと云うてるん聞いてるだけでめっちゃイラつく。……テニスを真面目にしたんは、少しでもあいつが居る場所に近付けば、こっちも見てくれるやろと考えたからや…………」
 最低やろ?
 そう茶化して哂う忍足を、岳人は何も云わずに見つめる。
「もう、ダメやねん。ずっと何もかもがあいつでいっぱいいっぱいで、これ以上どうしたらいいか判らん……」
 忍足は疲れたように本心を洩らした。それを黙って見ていた岳人は、先程忍足がしたように手を伸ばすと彼の髪を撫でるように梳いた。
「……バカだな、侑士は」
 岳人は呟く。ゆっくりと、呆れたような口ぶりのくせに優しい声音で。それを聞いた忍足は薄く唇に笑みを刷き、
「ほんまやな、ほんまにアホや」
 眼を覆っていた腕に更にもう一つを重ねて、微かに震える声で囁いた。
「けどしゃあないねん、自分でもどうしようもないくらい俺にとって一番重要なんはこれなんやから…………」
 忍足は云って口を噤み、岳人はそれを黙って受け止める。
 他には誰も居ないこの部屋で、柔らかな静寂が二人を包み窓から差し込む夕日が辺りを照らす。

 互いを思い言葉なく労わりあう二人は、扉の向こうで佇む気配に、最後まで気付くことはなかった。


作品名:ラブレター2 作家名:桜井透子