ラブレター2
Foolish −愚者−
まったくバカみたい。
バカじゃないの二人とも。
ゴチャゴチャ考えすぎなんだよ。もっと簡単に考えればいいのに、なんでそんな難しく考えちゃうのかなあ。下手に頭がいいのも考え物だっていういい見本だよ。
いくら友達でも人の恋愛に口を出すほど暇じゃないし、お人好しでもないけど、でもあんなに辛そうな顔されると気になるっていうのが人情でしょ。特に跡部も忍足もおれから見たら、くだらないことでぐるぐる迷ってる。まったくいい加減にしてよ。
「跡部、行かなくていいの?」
忍足が倒れたってことは部活が始まる前に聞いて知っていたこと。おれはてっきり跡部は保健室に走ると思っていたのに、何故かそのまま部活に出てきた。気になってそう問い掛けたおれに、跡部は不思議そうな顔して返す。
「俺が部活中にどこへ行くっていうんだ」
ああもう、ほんと世話が焼けるったらない。
「忍足のとこに決まってるじゃん!倒れたんだよ、アイツ。なんで跡部、平気な顔してここにいんの」
ズバリ指摘してみせたおれに、跡部は少し驚いた表情をして、そして、笑った。
「俺が行かなくても岳人が行ってるだろ」
「そうじゃなくてっ」
「今更行ってどうしろっていうんだ」
おれの言葉は、鋭い制止で遮られる。跡部の押し殺した感情がその一言に深く籠められていて、安易な口出しを許さない鋭さがあった。
かける言葉に詰まったおれを見て、跡部はおれの視線を避けるように逸らす。
「……あいつを倒れるまで追い詰めたのは俺だ。それを知ってて、どうしてのこのこと顔を出せる?出来るわけがない」
「跡部…………」
「……俺は忍足のことがどうしても信じることができない。本当だと云いながら、全部嘘にしか聞こえない。それがあいつの本心からの言葉だと思っても、頭のどっかで疑う自分がいる。そしてそれを忍足も判っているのに、取り繕ったすました顔で平気でなんていられない」
おれはびっくりしていた。ここで跡部の本心が聞けるとは思わなかったから。でも、それだけ跡部もぎりぎりなんだということを表しているようで、跡部の普段なら絶対にしない逸らした眼が哀しかった。この二人はちゃんと想い合ってるのに、そのベクトルが逸れて、歪んで、結局自分で自分のことを傷付け合ってる。
もうそろそろ、眼を覚ましてもいい頃だよね。
「違うよ」
「え……」
「跡部が信じられないのは忍足じゃないじゃん」
跡部の眼がようやくこちらに向いたことを確認して、ゆっくりと子供に云い聞かせるように答えた。
「信じられないのは忍足じゃない。本当は、跡部自身、なんでしょ?」
「…………」
跡部がずっと拘っていたのは、彼らしい大きくてちっぽけなプライドだった。それが沢山の感情を縛り付けて閉じ込めたのを知ってる。
同じ仲間だということ。
同性だということ。
自分の立場。
忍足の立場。
そしてなにより、量れなかったのだ。好きだと想う自分の気持ちがどこまで本気なのか。
もし一過性のあやふやなもので忍足を巻き込むことはできないし、ましてや跡部自身が、そんな曖昧なものを基準にすることを潔しとしなかった。
喩えそれで忍足を傷付けたとしても。
確かな答えじゃないのに、口にすることは出来なかったに違いない。
くだらないと思う。そんなたった一つのことに縛られて、大事なものを見失いかけるなんて。けれど、そんな跡部を笑うことなんかできない。だって、それが今までの彼を築いてきたものだから。
自分が大好きな、跡部の中心だから。
(でもさ、そうじゃないんだよ)
「それで本当に跡部がいいなら、おれには何も云えないけど、でも一つだけ勘違いしてるよ」
「……?」
「忍足は跡部が答えないから苦しんでるんじゃない。跡部を追い詰めてる自分自身に苦しんでるんだ」
「!」
そう、忍足は跡部の気持ちなんて本当はとっくに判ってる。けど、そのことが跡部を悩ませていることも気付いてた。
誰でも好きな相手を困らせたいわけがない。きっと忍足だって、そんな跡部を見て迷ったんだ。でもその迷いを除くには想いが深すぎて、そして少しだけ、嬉しいという気持ちがあったのかもしれない。あの跡部が、誰でもない自分を見て、自分のことだけを考えているという悦び。自分が原因で心を痛めているという快感。多分、そんな風に感じる自分が厭で、でもそれを断ち切ることもできないことに苛立って、苦しんでいるのだろう。
でも恋なんてそんなに苦しんでするものじゃない。もっと、楽しくて、嬉しくて、幸せになるために人を好きになるんだから。わがままに行動するくらいがちょうどいいのに。
(頭がいいくせに妙に不器用で、優し過ぎるんだよ二人とも)
「ねえ、おれが云ってること、わかった?」
跡部と忍足に必要なのは自分の気持ちに正直になることなのだと、どうか気付いて。
跡部はどこか呆然とした表情でおれを見ていたけれど、次第に眼に力が宿って、久しぶりにあの彼らしい覇気に満ちた笑みが現れる。そして、
「そうだな、俺が決めることに間違いなんかあるわけがなかったんだ。……こんな当たり前なことで悩んでたなんて、バカみてえだ」
苦笑いながら、それでもまっすぐにこちらを見てくれたのが嬉しくて、おれも飛び切りの笑顔で返した。
「バカでもいいじゃん。だってそれがおれが大好きな跡部なんだから」
そう云うと、跡部は心底おかしそうに笑っておれの頭をくしゃりと撫でる。
「云ってくれる。が、それが俺か……」
結構、悪くねえな。
にやりと酷く男臭い、かつ魅力的に笑いながら踵を返した。向かう先は、聞くほうが野暮というもので。
「行ってらっしゃーい」
大きく手を振ると、跡部は振り向かないまま後手を振って返した。
なんだかとても清々しい気持ちがする。
「一日一善!おれってすっげいい人ー」
次に跡部を見る時は、あの綺麗な顔に笑顔が浮かんでいたらいい。そしたら上手くいったご褒美に試合してくれるかもしれない。
そんなことを思いながら、おれは真っ直ぐコートへと向う。
「今日も一日がんばろー」
跡部も忍足も二人が好きだから、上手く行くといい。
空を見上げると、綺麗な青空に透き通る茜色の夕日が映えていて、おれのそんな気持ちに、空が応えてくれているような気がした。