欲しくなかったもの
その後の仕事は効率よくさばけた。静雄がいつも以上に殺人的な視線で威嚇していたからだろう。ちょっとつついたら爆発しそうだ。
集金した現金はATM送金で、事務所には直帰を告げてそのまま。
半個室になっている居酒屋で、4人掛けのテーブルに、奥に静雄を押し込んで、俺はその隣の通路側、向かいに旧友の室生が座って、まずは乾杯。
「遠目にも思ったけど、でっかいなぁお前。何メートル?」
「メートルで聞くか。ゴジラじゃねえんだから」
「いやいや、見てて気持ちいい暴れっぷりだったぜ。おかげでトムとも会えたし」
室生の屈託のなさに、静雄は面食らったように瞬いている。
修羅場的な何かを予想していたのかもしれない。
「でも2人がいまだにつるんでるどころか、付き合ってるとはな。時の流れって凄いなー」
「いまだにっつーか。中学卒業してからブランクはあったよ?」
とりあえずのビールをちびちびと飲んでいた静雄が、え、と小さく声を漏らす。
「あれ。もしかしなくてもやっぱり忘れられてる?」
「当たり前だろ。それこそ10年だぞ」
「あーだよなぁ。憧れのトム先輩、の隣に毎日いた地味なモブキャラの俺のことなんか覚えてないよなー」
わざとらしく先輩のあとにハートマークついたような発音で室生が言って、静雄がわたわたと慌てる。
「え、え、え」
「室生君。中学ん時のクラスメート」
一応乾杯の前にも名前だけは紹介したんだけどな。
「あ!ああ!いっつもトム先輩の弁当からおかず取ってたムロー先輩!」
「あ、思い出したー。てかなんだその覚え方」
ついでにトム先輩とか懐かしい呼び方が思わずといった感じで出てきて、ちょっとくらっと来た。
「いやだってマジで悔しかったっすもんトム先輩の弁当・・・じゃなくて!え、じゃあさっきのあれ嘘だったんすか!いっ・・・かいやったのどうのって・・・」
おしぼりを静雄の顔面に押し付けると語尾がフェイドアウトしていって、トンデモ発言は半径2メートル以内で融和された。
ちょうどいいのか悪いのか店員が大根のサラダとつくねの盛り合わせと焼き豆腐とクリームコロッケ(は、静雄のリク)を持ってきた。営業スマイルで料理名と皿を並べた後、伝票にチェック入れて去っていく。ちょっと居た堪れない。
室生は困ったように俺を見て、それからええと、と左手をかざす。
「言っとくけど。一応俺もう妻帯者だからね」
「え、嘘。美穂ちゃん?」
「そだよ」
「招待状もらってねぇぞ!」
「式挙げてないし。金なかったから」
「んっだよー。よかったなー!おめでとう!」
「ありがと。1年半位だけどね、まだ」
照れくさそうに下を向いて、かざした左手の薬指には小さな石の嵌め込まれたリング。幸せそうだなぁ、とこちらも嬉しくなる。
「だからさー、トム。あんま過去のことは言いふらすな、おまえがよくても俺は嫌だ」
「あ、そっか。そだよな。つか別に言いふらしてはいねぇよ。こいつに言っただけ」
「それこそ黙っとけよなー」
お前美穂の前でも言いそうで怖いわ、と室生が真剣な顔で言う。さすがにそれは言わねぇよ。
「・・・・・・やっぱマジだったんすか」
「コロッケ食っとけよ、静雄」
陰鬱な空気を醸し出し始めた静雄の前に、コロッケの皿を押しやる。
「つーか若気の至り?だよな。トムあの頃荒れてたからさー。俺のことなんかノーカウントだと思ってたけど」
「黙っとけとか言った口がさらっと言うな、さらっと」
「・・・荒れてたんすか、トムさん」
「若かったからねぇ」
つくねの串をくわえて、あまりいい思い出のない高校時代を少し思い出す。
「まだ20代だろ俺ら!トムは中学ん時から老成してたからなー。荒れるっつーか、すさんでたって感じ」
「ムロー先輩は、高校もトムさんといっしょだったんすか」
「でも同じクラスなったの1年ん時だけだったな。トムは頭良かったから組分けでずっと優秀なAクラスで」
「髪切れって言われんのが嫌だったからさー。成績維持したら文句ねぇだろ、むしろ髪切ったら神通力がなくなって成績落ちるんです俺。つって理屈こねて」
「神通力って何だ。巫女さんかお前は」
「権力と戦いたい年頃だったのね、うん」
「まーそれで教師陣黙らせる成績取ってんだからすげぇわ。生意気ー」
「ほんとになー。嫌なガキだったなぁ、我ながら」
「ノーカウントじゃないのを聞きたいんですけど」
コロッケをもそもそと食べて、静雄がぼそっとつぶやくように発言する。
「・・・・・・」
それ蒸し返すのかよ、と思わず室生と目を合わせて黙り込む。
「静雄君?キリがないからやめとたほうがいいよ?」
それフォローになってないぞ室生。
「でも、気になります」
「わかった。帰ったら覚えてる限り言うから、今は勘弁して」
飯がまずくなるだろ、と静雄の前に、つくねの串を3本置いてやる。まだビールは半分以上残ってるから、酔ってるわけではないようだ。
「なに、お前ら一緒に住んでんの?」
「違ぇよ。頻繁に行き来はしてるけど。こいつ嫌がるんだもん同棲」
「べっ・・・別に嫌っていうわけじゃなくて!体がもたないっつーか!」
馬鹿静雄。
「・・・まぁほどほどにしろよ」
「違うぞ、意味が違う。こいつはもうちょっとメンタルな意味で言ってるんだぞ、な」
大体、そっちの意味ならもたないのは俺の方だ。
「トムってさー、遊んでる割に淡泊っつーイメージあったんだけど。静雄君、こいつしつこいの?」
「答えなくていいぞー静雄」
「えっ、あ、う」
「ぶは。顔真っ赤だし。あー、そーしてるとやっぱ中坊ん時の初々しい面影あるな」
かわいいかわいい、と室生が静雄の金髪に手を伸ばしてきたのでそれを叩き落としたら「うわトムお前心狭くね?」と驚かれて「じゃあ俺が美穂ちゃんの頭ぐりぐりしてもお前怒らねぇんだな!」と逆切れしたら隣で静雄が顔赤いまま「それ俺が切れます」つって何なんだこの会話、と楽しくなってしまった。
それからも、時々際どい話が出たりまた静雄が切れそうになるのを宥めたり、サラリーマンっぽい室生の愚痴を聞かされたり。何杯かビールや焼酎をお代わりして(静雄は2杯目から甘めのカクテル)、それぞれ腹も満たして、お開きとなった。会計は結婚祝いに俺がもってやるよ、と先に二人を店の外に出して、男3人で飲み食いした割にそれほどでもなかった支払いを済ませる。これは別便で結婚祝い送るかな、とか考えたり。
地下の店から地上の外へ出ると、夜風が酔いで火照った頬に気持ちいい。2人は数歩先で煙草に火をつけて、何か話していた。
静雄の表情が柔らかなので、安心する。
誰かと穏やかに話したり笑いあったりしている静雄を見るのは好きだ。静雄は友人が少ないからあまり見られないけど。でも新宿の情報屋は、いただけない。あれは友人じゃないと静雄は言うし、会えば即喧嘩に繋がるし、わかってはいるけど。静雄の憎悪を一身に受けるあいつに、嫉妬するのはおかしいだろうか。
ため息をひとつ吐き出して、気持ちを切り替える。出てきた俺に気づいた静雄が、ぱっと振り向く。
「トムさん、ごちっす」
「おー、サンキュなトム」
「ん。何話してたの」
「秘密だ!」
えらそうに室生が言って、静雄が笑う。まあどうせろくでもないことだろうけど、静雄が笑ってんならいいか。