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共犯者はじめました。

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「あっちが勝手に懐いてんだよ。物珍しいんだろ、いいとこの坊ちゃんみてーだからな」
 苦々しく答え、ギルベルトは手摺に煙草を押し付けて火を消した。
 言われてみれば、少年は育ちの良さそうな感じがした。トランクの量や質といいあの黒服の男といいちょっと幼いが丁寧な口調といい、なにより言動がどうもずれていて世間知らずのようだった。
「すぐ飽きる」
 ギルベルトはそれだけ言うと、もう振り返ることもなく自らの部屋に戻っていった。フランシスはその背を見送ってから階段を下り、ブランチ(既にランチの時間ではあったが)を食べに出かけた。


 それが、ちょうど二ヶ月前の話である。



 すぐに飽きるとしたギルベルトの予想を裏切って、少年は根気良くギルベルトの元に通い続けているようだった。正攻法に玄関のチャイムを鳴らしている時もあり、大きなハンマーのようなもので扉をぶち破ろうとしている時もあり(流石に止めた)、時には窓やあるいはどこか別のルートで侵入したりもしている(時折唐突に隣の部屋から悲鳴が上がる)らしい。
 それ自体は、まぁ(ギルベルトにとっては災難であろうが)良い。問題なのは、それらの多くが早朝かもしくは深夜に行われると言う点にあった。まるで夜討ち朝駆け(この場合は夜這いといったほうが正しいかもしれないが)を気どっているかのように、少年は暗い夜の内に訪れるのを好んでいた。
 狙われている当人のギルベルトも大概ではあろうが、さらに迷惑なのはフランシスのほうだった。真夜中に隣人の叫び声やドアをノックし続ける音で何度起こされたか知れない。慢性的な睡眠不足は、二ヶ月後のここにきていよいよ耐え難いものになってきた。
 そもそも、17、18の少年が深夜にこんな郊外にまでうろつき出てて良いわけもあるまい。寝不足で重い頭を抱えながら、フランシスは今夜こそ少年に一言言おうと決意した。
 やや据わりのおぼつかない頭は歩く度右に左に揺れ動き、生欠伸ばかりが口をつく。眠気を抱えたまま仕事を終えたフランシスは、疲れ果てた様子でアパルトメントの共通玄関をくぐった。階段を上る途中でふと見やったギルベルトの部屋は灯りが落ちていた。眠っているのだろうか、それともどこかへ出かけているのだろうか。
 隣人の生活サイクルは不規則だった。朝決まった時間に出勤し、残業で遅くなることはあっても概ね夜には帰って来るフランシスとは違い、ギルベルトは朝でも昼でも夜でも休日だろうと祝日だろうと委細構わず出かけていた。かと思えば平日の何日も外に出ないこともあった。探偵と言う職業はいわゆる自由業なのだから当然だった。
 もしもギルベルトが出かけているのであれば、今夜はあの少年はこないだろう。今日はきっと良く眠れる。
 安堵の息を吐きかけて、ふと、フランシスは違和感を感じた。当たり前のように考えてしまったが、良く考えれば今の思考の繋がりはおかしい。
 ギルベルトが出かけていることを、どうしてあの少年が知っているのだ。
 フランシスは自室の扉の前で足を止め、左隣のギルベルトの部屋の扉を見つめた。
 フランシスがごく自然に考えてしまった通りに、少年はこの二ヶ月間一度たりともギルベルトが出かけている夜には現れなかった。日を置かず、殆ど毎日のように会いに来ている少年は、まるでギルベルトがどこにいるのかを全て知っているかのように、常にギルベルトがいる時に襲撃を掛けていた。
 あれだけ帰れ、来るなと怒鳴りつけているギルベルトが、自らの予定を少年に教えているとは考え難い。では、何故。

(やっぱ、ストーカー…)

 少年がストーカーだとは考えたく無かった。いや、ストーカーじみているのはフランシスも認めるところだったが、無邪気に訪れては好意の限りを示し拒まれてもめげず「また来ますね」とにこやかに帰って行く姿にはストーカーの鬱々としたイメージはなく、幼い子が好きなものを必死で手に入れようとしているような微笑ましささえあった。
 部屋の鍵を開け、扉を押し開ける。フラットな玄関先の床の上に落ちていた新聞を拾い上げ、いつもの習慣通り無意識に開いた。一面には相変わらずベビーフェイスの記事が載っている。

 ☆本日の深夜0時、大英博物館内のアウレウス金貨37枚の内、半分頂きます☆

 一面にでかでかと掲載された写真には、やけにポップなフォントでそんな文字が印刷された予告状が写っていた。相変わらず丁寧なくせに幼稚な文面だった。おそらくは、この子供っぽさが彼がベビーフェイスとあだ名される最大の所以なのだろう。
 紙面は、今度こそ警察がベビーフェイスを捕まえるのか、それとも今回もまんまと逃げおおせるのか、どのようなパフォーマンスがあるのかなど、まだ予告でしかない段階だと言うのに無責任に事件を煽り立てていた。
 ベビーフェイスが現れるのならば、ギルベルトは今頃大英博物館にいるに違いない。少年も、今夜は大英博物館に向かうのだろうか。
 フランシスは新聞を畳み掛けたが、既視感のようなものを感じてもう一度広げなおした。
 少年は夜や朝に良く訪れた。昼間は、フランシス自身出勤してしまうのではっきりとはわからないが覚えている限りでは来た事はない。ギルベルトがこの二ヶ月夜から朝に掛けて家を空けるのは、そういえば決まってベビーフェイスの予告状が出た日だった。
 ギルベルトはどうやらベビーフェイスを追っているらしいので、ベビーフェイスが予告状を出せば現場に向かうのは当然のことだし、それを知っていれば新聞でギルベルトの在不在は予想することが出来なくは無い。少年が昼間に訪れないのも、彼はまだティーンエイジャーに見えたから学校があるのかもしれない。
 しかし。
 フランシスは予告状の写真をじっと見つめた。
 少年がギルベルトの前に現れだしたのは、ベビーフェイスが一人の探偵と出会うことではじめて盗みを失敗した次の日からだった。
 ベビーフェイスが現れる夜には、決して少年はギルベルトの部屋には訪れない。
 件の探偵が誰であったのかいまだ特定はされていないが、もしもギルベルトだったとしたらどうだろう。
「……まさか、ねぇ」
 フランシスは軽く笑い頭を振ったが、しかし、思えば思うだにベビーフェイスの予告状の文面と彼の少年の口調は良く似ているのだった。
 フランシスは玄関に新聞を放り投げ、開けたばかりの部屋のドアを閉めるとアパルトメントの出入り口へと身を翻した。大英博物館までは道が込んでいなければタクシーで30分で着く。今の時刻は23時17分。間に合うはずだ。
 大通りでタクシーを拾い大英博物館までの夜道を移動する間、フランシスはこの二ヶ月における少年とギルベルトとベビーフェイスの繋がりを思い返していた。
 少年の出現とベビーフェイスの出現のタイミング。
 少年の喋り方とベビーフェイスの声明の類似点。
 ギルベルトが少年の身元や知り合った経緯を濁す訳。
 少年のやけに軽い身のこなし、ギルベルトの部屋に侵入する手際のよさ。
 そのどれも状況証拠にもならないような他愛の無い引っ掛かりではあるのだろうが、心象的には十分にクロだ。
「お客さん、着きましたよ」
作品名:共犯者はじめました。 作家名:あめゆき