ICO 鬼の子の詩
ただ駆け回る猿の子に
世界の滅びを止めらるか
馬鹿め 寝言は床で言え!
白き娘の肉体は
わらわの意思を納むべき
高貴極まる器なり
汝のごとき山猿が
触れるべからず宝なり
我が去れという警告を
無視した汝に死を与えん
女王の激発に夷子は錆びた剣を必死に振り回します。しかし女王の言葉は矢となって夷子を襲います。やがて青銅色の剣が、さらに夷子の左右の角が女王の言葉の矢によって砕かれてしまいます。女王は吠えるようにして言います。
「死ぬべし!鬼の子!」
言葉は矢となって飛び、夷子の心臓に突き刺さる――そう見えたときに小さな奇跡が起こります。夷子の胸に突き刺さったはずの矢が澄んだ音を立てて弾き飛ばされます。夷子の胸には固い殻を持つ甲虫が止まり、矢を防いでいます。窮地にある夷子を救った甲虫は笑って夷子に歌います。
三十 今日は奢ろう
どうした ちいっと見ないうちに
しけた面して塞ぎ込む
ダイスで負けたか それともカード
落としたツキなら気にすんな
どうせ明日にゃ朝日が昇らあ
のるそる人生は二つに一つ
今日は奢ろう古い友!
どうした いつもの向こう見ず
ため息なんざぁ聞きたかないぜ
またも女に逃げられた?
やめやめ言うな 気にすんな
どうせこの世はそんなもの
女の数なら 星の数
今日は奢ろう古い友!
甲虫の歌に答えて夷子は歌い返します。
三十一 ほんとはね
ほんとはね
そんなに強くはないんだよ
ほんとはそんなに勇気も無いんだ
ただ歌を歌うのは
歌って僕を支えるため
ほんとはね
自分を信じていないんだ
刀も角も折れちゃった
勇ましく歌うのは
自分の弱さ隠すため
怖いんだ
世界が壊れるその時に
自分が正しいなんて言えないよ
今になって知ったんだ
世界を背負うその怖さ
強力な女王の力に途方に暮れ、自分の選択に自信を失っている夷子に甲虫は歌って励まします。
三十二 頑張れ若造
頑張れ若造 気合を入れろ
今 この時が その時だ
苦しき日々は何のため?
そう ただ今日この時のため
背筋を伸ばして顔上げろ
世界の強さに気後れするな
おまえはただただ力の限り
奴の胸にぶつかっていけ
頑張れ若造 気合を入れろ
訳知り顔などするもんか
おまえの叫びが この心
一度は消えた炎となって
俺の行く道 教えてくれる
おまえはだから思いの限り
奴の胸にぶつかっていけ
おまえの心の灯火が
風に吹かれて消えたなら
俺の炎をわけてやろう
だってこの火はもともとは
おまえがくれたものだもの
甲虫の歌に夷子は勇気を僅かに取り戻します。余計なことをする甲虫に女王はさらに憤ります。
「おのれ虫けらが!」
ホルンが鳴り甲虫は夷子に歌いかけます。
三十三 勇気を槍に
Oi Yo相棒! 聞こえるかい?
生きるか 死ぬかの分かれ道
剣折れ 角割れ 味方もいねえし
這い寄る敵は 津波のようだぜ
けれど相棒 心を一に
覚悟を決めて当たるなら
きっと活路も見出せる
Oi Yo相棒! 聞こえるかい?
影の女王にゃ 剣も効かねえ
なぜなら あいつは亡霊だから
あいつを倒すにゃ やりようは一つ
万感込めたる言の葉を
練って 鋭い槍に変え
狙え あいつの胸の芯!
Oi Yo相棒!聞こえるかい?
俺らが生まれるその前から
世界は回り続けていたし
俺らがくたばるその後も
世界は回り続けるさ
だから おまえは今更に
世界のことなど気にすんな!
あいつを倒すにゃ やりようは一つ!
万感込めたる言の葉を
練って 鋭い槍に変え
狙え あいつの胸の芯!
甲虫は叫んで女王の胸を指さします。夷子は静かに切々と歌い始めます
三十四 追憶
白く凍えたその指は
かつては誰かの頬に触れ
硬く結んだ唇も
誰かの名前を呼んだはず
遠く苦しい歳月が
大樹を枯らしてしまうように
いつしか人も朽ちていく
けれどあなたも覚えてるはず
誰かに大事にされたこと
そっと胸に手を当てて
思い出してよあの日のことを
思えば悲しいことばかり
暖かい日は消え去って
胸にあるのは悲しみばかり
いとしき日々はいま何処?
苦く厳しい歳月は
人の心も狂わせていく
けれどあなたも覚えてるはず
誰かの腕に護られたこと
そっと胸に手を当てて
思い出してよあの日のことを
あなたの心の奥底には
今でも優しい花の匂い
僕も知ってる本当は
あなたの心にある涙
きっとあなたも覚えているはず
誰かを
そっと胸に手を当てて
思い出してよあの日のことを
夷子の歌は細く鋭い槍となって飛び女王の心の芯の部分を見事に打ち砕きます。女王は動きが止まり、すべての楽器が一斉に不協和音を奏でます。最後にチェロが悲しげに鳴り響き女王は風船がはじけるようにして破裂してしまいます。暴風が巻き起こり夷子も甲虫も吹き飛ばされて離れ離れになってしまいます。壮麗な城も主を失って急速に崩壊していきます。
三十五 我らは自由だ
女王が消え去ったことで儀式は中座し、夷子によって一度は追い払われた亡霊達が夜乙女に群がってきます。亡霊と成り果てた生贄の子供達は踊り、歌います。
我らは自由だ
我らは自由だ
呪いの城に災いあれ
我らの血を吸い肉を轢く
呪われた城に災いあれ
子供達の亡霊が踊り騒ぎ、城の瓦解はさらに早まっていきます。
我らは自由だ
我らは自由だ
呪いの女王に災いあれ
憎しみ振りまく悪の女王
地獄で悔やんで泣くがいい!
我らは自由だ
我らは自由だ
女王の娘に災いあれ
汝の体は我らが血肉
返して貰おう利子つけて
暴れ回る亡霊に夜乙女はなすすべがありません。
返してもらうぞ我が眼!
返してもらうぞ我が腕!
返してもらうぞ我が唇!
返してもらうぞ我が背骨!
亡霊達は夜乙女の体を奪い去ってしまいます。夜乙女は体のすべてを奪われて最後には惨めな黒い影と成り果ててしまいます。目も耳も奪われた夜乙女は地に伏しています。亡霊たちは地を這う夜乙女の周りを踊って嘲り笑います。
三十六 天の怒りを知るが良し!
天の怒りを知るが良し!
雲衝く威勢は今は何処?
女王の野望も断ちて消ゆ
海を踏みたる壮麗な
城も今では水の底!
見よこの娘穢れの子
耳も聞こえず目も見えず
石に躓きうずくまり
トカゲのごとくに這いまわる!
唾を吐きかけ打ち払え!
醜き乙女 影の巫女
血肉を潰され殺された
我らの恨み憎しみを
負うて彷徨え荒れ城を
悶えて苦しめ永遠に!
亡霊達は去り、夜乙女はゆっくりと立ち上がります。夜乙女は女王と戦い意識を失った夷子に近づきこれを抱き上げて独唱します。
三十七 たとえ我が身が朽ちるとも
今やっと分かった
どうしてあなたが輝いて
とても眩しく見えるわけ
私の体の奥底に
あなたと良く似た光があって
あなたの歌に震えてる
それはきっと青空を求める
白い小鳥の小さな祈り
ねえ もしも私がいなくなっても
そんなに悲しい顔はしないで
あなたは天駆く鳳だから
きっとどこでも飛んでいける
今やっと分かった
どうして世界が美しく
とても切なく見えるわけ
生まれて消える繰り返し
続く命の不思議な鎖
眩く光る縁の輪