ICO 鬼の子の詩
だからきっと私とあなた
出会うことは星の運命
ねえ もしも私がいなくなっても
そんなに寂しい顔はしないで
あなたはとても強い子だから
きっとどこでもやり直せる
私のこの身はここで朽ちていく
もしもどこかで私のことを
あなたが思い出してくれるなら
それが私の小さな幸せ
ねえ もしも私がいなくなっても
そんなに悲しい顔はしないで
あなたは天駆く鳳だから
きっとどこでも飛んでいける
夜乙女は意識を失っている夷子に小船に乗せて、キスをしてから押し出します。
「さよなら大事な人」
夷子は一人海原に流されていきます。
三十八 夢の残り香
夷子を乗せた小船はやがて白い砂浜にたどり着きます。夷子は意識を取り戻し一人ぼんやりと海を眺めます
目が醒めて振り返れば
蒼い海には白い波
すべては夢なの?
応えてくれる人はいない
砂浜を一人歩き
風の音に耳を澄ませる
あの人の笑い声は
もう聞く事が出来ない
かすかにシャツに残ってる
海の彼方の遠い残り香
今にして思い返すよ
あの人を救いたい
けれどそれは幻
助けてあげてたんじゃない
僕が愛に包まれてた
思わず後ろをかえりみて
笑顔を作ってみるけれど
あの人はもうそこにはいない
かすかにシャツに残ってる
海の彼方の遠い残り香
夷子は砂浜の上に座り込んで涙を流します。
三十九 涙はしまって
夷子と離れ離れになった甲虫は崩れていく城の中で夜乙女を見出します。無残に黒い影に成り果ててしまった夜乙女を見た甲虫は一瞬沈黙してから歌って夜乙女を励まします。
どうしたいったい泣きそな顔して
若い娘を泣かすとは
随分な奴だ どんな奴?
そんな腐った性根の奴は
早く綺麗にさっぱりと
忘れて今宵は楽しくやろう
赤のワインと焼いた鶏
磨いたオレンジお一ついかが?
どうしたいったい泣きそな顔して
若い娘を泣かすとは
随分な奴だ ふてえ奴
さあさあ涙はここでしまい
道化のオイラに張っとくれ
博才一番 度胸はその上
のるそる勝負の大博打!
勝って今宵は祝杯と行こう!
乙女よ乙女 優しき乙女
どうか一刻いや半刻
この虫の身に預けたれ
危機を好機に哀歌を凱歌
変える秘策や我にあり!
甲虫は夜乙女を励まし、半刻の時を貰って大空に舞い上がります。飛び立った甲虫はそのまま生贄となった子供達の亡霊の元に飛びます。やって来た甲虫を亡霊達は愚弄して笑います。
四十 小さき虫よ
羽をぶんぶん震わせて
戦もないのに鎧を着てる
酔いどれ昼から千鳥足
小虫よ去れ去れここを去れ
踏んで潰すぞチビ介め
招きもないのにやってきて
大きな顔だよ したり顔
我らはお前に用などないわ
小虫よ去れ去れここを去れ
蹴って飛ばすぞチビ介め
甲虫は愚弄を気にせず亡霊達に歌いかけます。
四十一 男の誉れ
たとえ踏まれて潰れても
男にゃ立つべき時がある
愚弄嘲りそれが何?
大事を前に身を屈め
膝を屈して耐え忍び
事を成すこそ男の誉れ
たとえ蹴られて飛ばされても
男にゃ支える人がいる
自分を知ったる人のため
面を伏せて日陰を歩き
怒りを笑いと歌に変え
事を成すこと男の誉れ
甲虫はさらに威儀を整え、鎧をつけた虫の騎士の一人として歌い続けます
四十二 たった一人の弁護人
汝ら哀れな生贄が
亡者になりし酷き所以
我もすでに知り置きこと
辛く悲しき仕打ちにて
語る涙はすでに絶え
喉から漏れるは嗚咽のみ
哀しや哀し鬼の子に
与えられたる酷き罰
咎なく罪なく情けなく
ただ人のための人柱
鉄の棺にて身を潰され
死して後まで恨みを残す
甲虫の歌にヴァイオリンがすすり泣くように哀歌を奏でます。
かかる哀しき運命なれど
起こりしことは変えられず
汝らはすでにこの世になく
死して消え行く亡霊なり
汝らが巫女より奪いたる
肉もいずれは腐るらん
夜乙女の名前を聞いた亡霊達が騒ぎ始めます。甲虫が夜乙女の体を奪い返すためにやってきたことを理解したからです。
四十三 この肉は我のもの
この肉は誰のもの?
この目は我のもの
我を砕いてつくりしもの!
この耳は我のもの
我を潰してつくりしもの!
我の肉は我のもの!
なにゆえ他人にやらねばならぬ
この肉は誰のもの?
この腕は我のもの
我を砕いてつくりしもの!
この背骨は誰のもの
我を潰してつくりしもの!
我の肉は我のもの
なにゆえ他人にやらねばならぬ
影の乙女 穢れの子!
我らが憎む女王の娘
我らの肉は我らのもの
誰かにくれる道理はなし
盗人に追い銭するならば
腐らせたほうが百倍まし!
騒ぎ立てる亡霊達に甲虫は粘り強く歌い続けます。
四十四 あれ見よ砂の浜に伏せ
あれ見よ浜の砂に伏せ
悲嘆に暮れる小さな子
あの子は乙女のこと慕い
海の向こうで今も待つ
耳に聞け岬に立ち尽くし
波の数追う小さな子
あの子は今でも乙女を想い
海の向こうで今も待つ
あれ見よ角の砕けた子
あの子はいったい誰の子だろか
おっ父おっ母心配してる
兄や姉やも泣いてるだろに
甲虫の歌に亡霊たちが静まります。亡霊の中の一番小さなものが訥々と歌い始めます。
四十五 天は自ら助けるものを
天は助ける自らを
いざ救わんともがくもの
我と我が身を護らんと
決死の勇気で挑むもの
思えば我らにあったるや?
命を賭けるその勇気
ただ唯々諾々と捕らえられ
命を絶たれて初めて喚く
末の息子に幸いあれ!
生贄となる兄弟で
ただあの者だけが敢然と
酷き運命に拳振る
思えば我らにあったるや?
あの子の如き強い意志
何もしないで災厄招き
亡者となってただ嘆く
白き乙女に讃えあれ!
崩れ落ち行く古き城
末の息子を抱き上げて
小船に乗せて救いつる
恥辱はここに極まれり!
我らのうちで一人でも
末の息子のこと想い
助けに戻るものありや?
愚かな我らに呪いあれ
怒りとそねみを身にまとい
ただ呪詛の言葉を空に撒く
白の乙女に唾を吐き
罵り笑うあさましさ
かかる愚かな痴れ者が
咎受け不幸を被るは
当然至極の理なり!
我らのにうち誰一人として末の子を助けに行かなかった。それに比べて夜乙女は身が崩れるのを厭わずに夷子を救って小船で送り出したではないか。小さな亡霊の叫びに他の亡霊たちも沈黙します。やがて、亡霊達の中でもっとも大きなもの、最初に生贄にされた長兄が甲虫に尋ねます。
「我らはやり直せるだろうか?」
甲虫は応じます。
「もちろんですとも!」
甲虫は歌います。
フ
@
十六 間違いを犯しても
人は過ち犯すもの
過ちしくじり間違えて
直すつもりがまた間違える
まるで迷路を行くように
時に大きな罪をなし
ひどい破滅に途方にくれる
けれどそれこそ人の業
いとおしむべき人の性
赦せよ人よ罪人を
おまえも罪人なのだから
人は過ち犯すもの
笑って泣いてまた笑い
首尾よいつもりが出し抜かれ
まるで暗夜を行くように
あるいは羅刹のごとくにも
修羅のごとくに震えもする
けれどそれこそ命の姿
いつくしむべき命の性よ
愛せよ人よともがらを
さすればおまえも愛されん
我は二寸の虫にして
地下と地上を行き来する
冥府の地勢に明るければ