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「たとえその名は呼べずとも」

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 不快ですらあった。さりげなく、徐々に距離を取ろうなどという、殊勝な心がけができる男でもあるまいに、一体これはなんだと言うのだ。
 もしや憐れまれているのか。それとも自分を庇って矢傷を負ったことを、引け目に思ってこのようなことをしているのか。
 不快よ。不愉快よ。半端に憐れまれるぐらいなら、引け目と思われるぐらいであれば、蛇蝎の如く嫌われる方がまだましというものよ。
 そう思うと、どうしようもない苛立ちが腹の底から湧いてくる。床を上げてからの半月、ずっと抱えてきた苛立ちがとうとう水際を越えていく。
 目の前に差し伸べられた三成の手を、大谷は乱暴に振り払った。
 包帯に巻かれた手が肌を打つくぐもった音がした。己でも思わぬほど強い力で振り払っていたらしい。
「馬鹿にするな。まだ蝸牛よりは歩けるわ」
 その途端、三成の顔を暗い影が覆った。まるで家から閉め出された幼子のような顔をしている。それがまた気に障って、大谷はさらに大きな声を上げた。
「ぬしの手など要らぬ」
 そうだ。要らぬのだ。われは誰も追わぬ。われを怖れて遠巻きに眺めた父母に手を伸ばさなかったように、同じ年頃の子供たちの輪の中に入ろうとしなかったように。
「もうぬしの手など要らぬ。われに構うな」
 われは去り行くぬしを追わぬ。二度とぬしを求めぬ。だからもういっそ、憐れみなど向けてくれるな。
「大谷……」
「ぬしもこの病が怖いのであろ? なに、責めはせぬ。このような穢れ、避けるが当然よ。無理などするな」
「刑部、私は……私はそのようなつもりでは……」
「ならばなぜわれの名を呼ばぬ! なぜ笑いかけもせぬ!」
 大谷にしては珍しい、激しい語調であった。
 思えば、病を得た身のままならさや、どう考えても暗い先行きに積もり積もった鬱々もあって気が立っていたのかもしれない。
 ほとんど無意識に伸びた手が、三成の襟首を掴んでいた。怒鳴ることが珍しければ、このような乱暴を振るうことなど初めてである。怒りもあって力加減などわからない。ほとんど敵方に対するような勢いだ。
「忌むなら忌め! 名すら呼べぬほどなら偽りの献身などするな! 奉らねば祟る悪神のように扱われるのは御免よ。とっととわれの前より去ね!!」
「誰がお前を忌むだと……!」
 ここでついに三成にも怒りが引火した。三成は人に激情をぶつけられて、それを粛々と受け入れるような男ではない。怒りには即座に怒りを返すのが常だ。
「私がお前を忌むわけがなかろう!」
 今度は三成が大谷の襟首を掴む番だった。勢い任せに力を入れたのか、その勢いで二人共にもんどりうって倒れる。
 しかし大谷もやられっぱなしではいない。体は押さえつけられていたが、自由になる手で三成を殴る。
「ではここのところのぬしの振る舞いは何だと――」
 だがその詰問は半端なところで途切れた。三成が殴り返してきたのだ。
「私はそのようなつもりではないと言ったはずだ!!」
 そこからはもう、まともな会話にはならなかった。
 どちらも床に倒れた状況であれば、体を上にした者の方が有利となる。絡み合った芋虫のように転がり、殴り合ってはまた転がる。襖にぶつかろうと、花器をひっくり返そうと気にもしない。
 無様な取っ組み合いだった。この時代の武術は、剣や槍の使い方だけではない総合格闘である。敵の武者に組み付いて引き倒し、喉元に小刀を突き立てて首を取る。刀がなければ首をへし折るというところまでを学ぶのだ。もちろんこの二人も、幼い頃よりその修練を積んでいる。
 しかし大谷も三成も、そんなものなど忘れてしまったかのように手足をばたつかせ、ただ殴り合うだけだった。子供の喧嘩同然である。
 髪が乱れても、袖あたりが千切れる耳障りな音がしても気付かない。ついには三成の足が障子を蹴破り、大谷の肘が桟を折った。
 だからどちらも、その障子を開いた者がいることにも気付かなかった。ようやく気付いたのは、巨岩を思わせる重圧を持った声が聞こえてからだ。
「何をしている」
 それを聞いたと同時に、ぴたりと二人の動きが止まる。
 破れた障子の前で腕を組み、仁王立ちで二人を見下ろしていたのは、彼等の主君・豊臣秀吉その人であった。