existar
いつのまにか、おれと彼とが逆転している。
「…なんだ。起きてたのかい?」
少しばかり逡巡して、けれどこの一分足らずはなかったことに、さもいま起きた風を装って声をかける。笑ってしまいそうなくらい慌てて彼が振り返る。けれどとても、笑える、なんて状況でもないらしい。おれのことにはいま気付いたのだろう、振り返りこそしたけれど、彼の視線はおれの目に決して合うことがない。ただぐらぐらと揺れて、同じくらいの高さと位置に向けられているはずなのに、どういうわけかおれとはかち合わない。
「な、んで、」
震える彼の口から零れた声は掠れていた。
なるほど、彼も彼でいま起きたところなのだろう。
「なんでって。君が最近外に出てないって聞いて、こんなおれでも責任を感じて、大丈夫かと様子を見に来たんだよ。けど君ってば本当によく寝てるし、起こすに起こせないじゃないか。」
「なんだよ、それ、」
「外には出た方がいいよ。ずっと部屋の中にいるときのこが生えるって、おれの上司が言ってたよ。出かける用事がないっていうなら、おれの顔でも見に来てくれたらいいじゃないか。得意のひやかしや嫌味でもいいけど、頭からきのこ生やしたきみなんておれは見たくないんだぞ。」
どういうわけか、言葉はおれのじゃないみたいにあっさりすんなりと唇から零れていった。またすこしだけ分からなくなる。正しい記憶はどれで、いまとさっき喫茶店で椅子に座るまでのいずれが夢で現実だろう。
夢でもないのにおれが、たとえば彼の体を揺すらず起きるのを待とうだとか、なにより今みたいなセリフを言えるだろうか。答えなんて、考えるまでもなく、「そんなこと出来るわけがない」だった。
どこでどう勘違いしたか分からないけれど、喫茶店で目を閉じてからのいままでが、ただの夢から明晰夢に、すこしだけ姿を変える。目が覚めたわけじゃないのに、まだ夢の中だというのに、なんだかすっきりとした気分だった。当然と言えば当然なのかもしれない、明晰夢はそもそも、それこそただ純粋な夢と呼ぶほうがふさわしいくらいに楽しくて、リアリティに欠ける、名前こそないけれど何でも叶う世界なのだから。
「いま、なんて言った?」
彼が、信じられないものを見るような目でおれを見ながら言う。